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ラッキーストーン請負業者 ~ ケース① 派遣社員・涼子 ~

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「その通り。なかなか勘がいいな。レベル1は日常生活で起こるちょっとした幸せ、と理解してくれていい。“服装を褒められた”、“行列のできる店に並ばないで入れた”、“木曜だと思ってたら金曜だった”、まぁ個人差はあるとはいえ、他にもいくらでもあるだろうな」
「そういうことって、日常よくあることですけど、まさか ……」
「そうだ。ほとんどの場合、我々や、我々の同業者の手によるものと思ってくれていい。巷の“よく当たる占い師”のほとんどは、我々のような業者と提携しているんだよ。そりゃよく当たるだろうよ。お客様の幸も不幸も、我々が指令通りにでっち上げているんだからな」

絶句しているスズキに構わず、アイダは話を続ける。
「ただし、レベル1の場合は他の業者が勝手に実施してくれることも多いし、実施したとしてもお客様の満足度も低い。相当な回数を連続で実施すれば別だがな。だから我々が積極的に実施すべきは、レベル2以降となる。さっき少し説明したが、レベル2であれば2回実施することでストーンの効力が切れるから、ひとまず完了案件となるしな。ただし、ここから難易度も跳ね上がる」
「“人生に関わる”っていうと、出世とか結婚とか宝くじが当たったとかですか?」
「そういうことだな。“宝くじが当たった”に関しては、手順がやや特殊なんだけどな。対象となるのは、すでに1度レベル2の幸運が発生済みのお客様に限る。あと1回のレベル2でストーンの有効期限が切れてしまうお客様だな。で、対象のお客様が買った宝くじのなかに、こっそり偽造した1等当選くじを忍ばせておく」
「偽造、ですか」
「当然だろう。本物の1等当たりくじを入手できる訳がない」
「なるほど …… それで、当選したと思って有頂天になっているお客様から、今度はこっそりくじを盗んでしまおうってことですよね」
「そうそう、その通りだよ。スズキはほんとうに勘がいい男だな。ただし、あくまでもお客様ご自身の不手際で紛失してしまったと思っていただくことがミソだけどな。で、万が一クレームがあった場合は“申し訳ございませんが、お客様のパーフェクト・ラッキー・ストーンはすでに効力が切れております”これで完了」
心の底から感心しているように唸るスズキに、アイダは気分を良くした。

「もっと派手なエピソードもあるぞ。まだスズキが生まれる前の話だけどな」
「そんなに歴史あるんですか、この会社」
「詳しいことは分からないけど、わたしがここに連れてこられたとき、すでに社員数数千人だったらしいからな。今はどれだけいるのか…… で、当時のお客様のなかに、誰でも知ってる有名プロ野球選手がいたんだ」
「野球はあんまり詳しくないんですよ」
「そうなのか。彼の天覧試合のホームランは、当時の我が社の一大プロジェクトだったらしいんだが」
「えっ! まさか!」
「まぁ、ここまで話しておいて悪いんだが、お客様の個人情報に関わることだから、あまり詳しいことは話せないんだけどな。で、最後のレベル3」
アイダは、身を乗り出してきたスズキを制した。

「レベル3は生死に関わること。例えば不治の病が治ったとか、大事故に巻き込まれて生還したとか。これは1回成功すれば案件完了だが、難易度はご想像通りだよ。まぁ、ほとんど不可能に近いんじゃないか。我々は神じゃないんだから。我が社でもそういった成功例は聞いたことがないし。それと、あともうひとつ」

アイダはいったん、そこで言葉を区切った。スズキを真剣な眼差しで見つめる。

「お客様が疎ましく思っている人物が、死ぬこと」

「!…… 人を殺すってことですか」

スズキは、やや声を荒げた。冗談じゃない。ここまでアイダの話を聞いていて、おそらく窃盗、詐欺、盗聴といった類の犯罪に手を染めることになるだろうとは覚悟していた。今の自分に与えられる“業務”なんて、そんなところが関の山だろう。だが、殺人なんてできるわけがない。それなら、一生過酷な肉体労働でもしていたほうがマシだ。

「待て待て、落ち着け。大丈夫だから。人にはそれぞれ向き不向きがある。きみのような童顔の若者に、殺人や恐喝を任せるわけがないだろう」

釈然としていないスズキに構わず、アイダは別の資料を差し出した。
「業務概要は以上だよ。で、これが、今回のお客様の情報だ」

【名前】佐野 涼子

【性別】女

【生年月日】1986年11月05日

【職業】派遣事務員

【血液型】O

ほかにも女の顔写真、干支や星座、好きな食べ物や尊敬する人物、今までの男性遍歴やスリーサイズまで、こと細かく書いてある資料だった。
さすがは占い師経由の情報だ、とスズキは素直に感心した。また、具体的な情報を得たことで靄がかかったような不安が少し晴れた気がした。写真で見たクライアントが自分の好みのタイプだったということも、少なからず影響しているのだろうが。

「今回はわたしと同行してもらうから。まずはわたしの指示通り動いて、この仕事の感触だけでも掴んでくれればいい。まぁ少なくとも、今日は調査だけで終わるだろうな」

「分かりました、アイダさん」
「アイダ、だ」
アイダは、今度はやさしく言った。なにがどうあれ、スズキはこれから、おそらく彼の人生で初めてであろう犯罪行為に手を染めることになる。具体的な作業手順はまだなにひとつ教えていないとはいえ、勘のいい彼のことだから、その程度のことはとっくに勘づいているだろう。今はナーバスになっているはずだし、きちんと覚悟が定まるまでやさしく接しようと心に決めた。
「さっき言っただろう。これはいわば、コードネームのようなものだって」
「…… すいません」
スズキは実のところ、少なからず心が躍っていた。さっき見たプロフィールで一点だけ気になる記述があり、それを確かめてみたいという気持ちが強かった。

【趣味】わらしべ長者



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地上25階のオフィス。部長、チームリーダへと一通りの挨拶を済ませ、佐野涼子は案内された自分用のデスクに着く。

「じゃあ、頼んだよ。なにかあったらすぐ連絡するようにね」
涼子の肩を軽く叩き、立ち去っていく担当者。なにかってなに? と涼子はいつも思う。彼は一度もこちらに振り返ることなく、オフィスを出て行った。彼とは、新しい派遣先にいっしょに出向くときぐらいしか会うことはない。あとは月に一度、メールでの状況確認のみ。“問題ありません”と返してやれば、それで終わる。
3か月に一度だけ会うあたしの“担当者” 彼と会うのは、今の会社に登録してから今日で5回目だ。もう馴染みだとでも思っているんだろう。さっき肩を叩いてきたことが、それを如実に物語っている。

涼子はチームリーダーから指示された通り、デスク上のPCのセットアップを始めた。何本かのソフトをインストールしている間、PC以外なにもないデスク上に、持参したカレンダーやマグカップを置き始めた。
「佐野さんだよね? よろしくお願いします」
声をかけてきたのは、隣席の河合という色黒の坊主頭。涼子は反射的に左手を見る。そこではなく、右手の薬指に結婚指輪がはまっていた。