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ラッキーストーン請負業者 ~ ケース① 派遣社員・涼子 ~

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ラッキーストーン請負業者 〜 ケース? 派遣社員・涼子 〜




「この石はパーフェクト・ラッキー・ストーン。この石を持ったあなたには、必ず幸せが訪れます。もう一回言います。必ず、です。名前にも謳っているでしょう、パーフェクトと。類似品にはご注意ください。しかも、1年以内にです。このパーフェクト・ラッキー・ストーンを持てば、必ず、1年以内に、あなたの人生は豊かになるのです」

占い師の女に気圧されて、涼子は、緊張で唾を飲み込む。
「…… 分かりました。それ、買います」



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「アイダ、資料FAXで送っておいたよ。新規案件よろしくね。あと、今回の案件ラクそうだし、新人のコの教育もついでによろしく!」

内線電話を切った後、アイダと呼ばれた男は研修資料の準備を始める。
簡単に言ってくれるな…… アイダは心の中で、占い師の女に毒づく。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



会議室へ向かう廊下を歩く二人。
少し後ろを歩く新人に、アイダは尻目で声をかける。
「きみは今日が初めてだったな」
「はい」
新人は用心深く答えた。まあ、無理もないだろうが。
彼もきっと、ここへは眠らされている間に連れてこられたに違いない。このオフィスは地下に建造されているため、どこにも窓はない。彼にはきっと、今が夜なのか朝なのかも分かっていないのだろう。
「きみはどこから来たんだ?」
「板橋です」
「いや、住んでる場所ではなくて」
「ああ、…… 限定ジャンケンです」
限定ジャンケン …… その言葉の意味は分からなかったが、ここへ来る者の経歴など皆大同小異だ。ここに集まってくるのは全員、多額の借金を抱えて最後の大勝負として挑んだギャンブルに負けてきた者である。そしてここに送られてきた者たちは、敗北の代償をこの会社での労働で支払うことになっている。

「我々がここで何をしなければいけないか、概要ぐらいは訊いてきたかな?」
「ウチの商品を買ったお客さんに、幸運をもたらす仕事だとか」
新人は興味もなさそうに言った。“幸運をもたらす”その一見やわらかい言葉の裏側に、とてつもない胡散臭さを感じているのだろう。新人の頃は、自分も含め誰もが同じように感じることだ。

「そういえば、まだきみの呼び名を決めていなかったな」
ここでは、誰もお互いの本名を明かさないという暗黙のルールがある。そうなった理由は誰も知らないが、ここでの慣習として誰もがそのルールを守っている。
「もし希望がないのなら、ホンダ、でいいかな? まぁスズキでもカワサキでもなんでも構わないがね」
「…… スズキ、でいいです」
「そうか、わたしのことはアイダと呼んでくれ。さん付けもいらない。これはいわば、コードネームのようなものだから」
「分かりました」
「よろしく、スズキ」





四人がけのデスクにホワイトボードがあるだけの、せまい会議室にふたりははす向かいで腰かけた。
「まず、さっきも言った通りだが、我々の業務は、弊社の商品“パーフェクト・ラッキー・ストーン”をお買い上げいただいたお客様に、もれなく幸運をもたらして差し上げることです、と」
アイダはプリントアウトしてきた研修資料の冒頭文をそのまま読み上げる。

「それって、ようするにインチキですよね」
ここまであまり口を開かなかったスズキが、突然口を挟んできた。べつに陰気な性格ではないのだな、とアイダは思った。最近の若者によくある皮肉屋タイプなのだろう。

「そうだな。明け透けに言うのであれば、たしかにインチキだ。ウチのパーフェクト・ラッキー・ストーンには、幸運を呼び込むパワーだとかそういうものは一切ないと思う。アメ横でまとめ買いしたアクセサリーを適当に加工してるだけだからな」

アイダは包み隠さず言う。自分が新人の頃も上司からそう説明されてきた。お互いが酷い境遇であろうこと以外まったく素性の分からない者同士だからだろうか、ここでは社員同士に奇妙な連帯感が生まれている。ここでは誰も虚勢を張らないし、誰も他人を出し抜こうとしないし、誰も仲間を裏切らない。

「で、いくらで売りつけてるんですか?」
「300万」
スズキは一瞬だけ驚きを見せ、その後、口の端を曲げてニヤリと笑った。それはけっして賛同の笑みではなく、蔑みの笑みであることは明らかだった。
「じゃあ、お客さんは金持ちが多いってことですかね」
「お客様、だ」

アイダは鋭くスズキを睨みつける。会議室へ来る途中の一度は見逃したが、今はもう、業務説明を始めている段階だ。これ以上甘い顔をするわけにはいかない。彼はまだ、サービス業というものが分かっていない。どんな時も、どんな場所でも、この仕事に就いている限り、お客様への失礼は絶対に許されない。お客様への礼節を怠ることは許されない。休日や仲間内であれば気にする必要はないだろうなどという意識の低さでは、ベストなパフォーマンスを発揮していくことなどできない。
「あと、きみがこの仕事を馬鹿にしてようがしてまいが、きみはこれからこの仕事をやっていかなければならないってことを忘れるなよ。分かっているとは思うが、きみに選択肢などないんだからな。きみは、これから、この仕事を、やるしかないんだ」
「…… 分かりました」
「話を続けようか。ようするに、ウチのパーフェクト・ラッキー・ストーンをご購入いただいたお客様には、実際に幸福になっていただきましょう、ということだな。そうすることで、ウチの商品を口コミで広めていただいたり、ご友人を紹介していただいたり、ご本人もリピーターになっていただいたり、と我が社の業績アップにつながるわけだ」
「…… リピーターって、どういうことですか?」
「パーフェクト・ラッキー・ストーンは、効力に制限があるんだ。もたらされた幸運の回数によってな。レベル3であれば1回、レベル2であれば2回 ……」
「ちょっと待ってください。突然、レベル3とか2とか言われても」
「ああ、すまんな。ちゃんと順序立てて説明しよう」
アイダは慣れた手つきでホワイトボードに板書し始める。


【幸運の定義】
・幸せな出来事を享受できたと実感する事象

・不幸な出来事を回避できたと実感する事象


【幸運レベル】
レベル1:本人及び近親者の生活に関わる事象

レベル2:本人及び近親者の人生に関わる事象

レベル3:本人及び近親者の生死に関わる事象


「幸運の定義はこの2つだけだ。ようするに、幸せなことが起きたと喜ぶこと、不幸なことを免れて安堵すること」
スズキは首だけうんうんと頷き、アイダに続きを促す。
「幸運レベルっていうのは、お客様ご自身が幸せを感じる目安でもあり、我々の業務の難易度も表しているな。レベルが上がるほど遂行が困難になっていく」
「レベル1の“生活に関わる”っていうのは、例えば、寝坊したけど電車が遅延してたから遅刻を免れた、みたいなことですか?」