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LOVE FOOL・前編

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 ヴィヴィアンの傷はかすり傷程度だったが、優先順位が高いらしく真っ先に看護師が駆け、大袈裟に包帯を巻いて行く。「いいや」応えるアストと無言で首を横に倒すヴィヴィアンヴァルツに表情の無い顔は淡々と続ける。
「善良な科学者ジキルが自らの薬品で悪の人格ハイドを生み出す。第六世界で生まれた御話です」
「で?それが何だ」
 意図の判らないヴィヴィアンが苛々と問う。
黒衣に金の帯を巻いた青年は何が可笑しいのか、薄く口許を曲げると酷薄に応えた。

「つまり、インドラジットという人物はこの世に存在していなかった。
もしくはメーガナーダこそがハイドであったのかも…と申しているのです」

「!」
「同一人物だったという事か…」
 アストライアが呻く。
思えば彼等は並んで立つ事はしなかった。
 光と影。暗闇に紛れ自作自演をしていたのだ、と思えばメーガナーダが人形に変わった納得がいく。
しかし幼い頃から知っていたヴィヴィアンは尚も疑問を重ねる。
「けどインドラジットはつい最近現れた訳じゃない。俺があの家を出た時から…」
其処まで言い、はたと言葉を切った。
「まさか…、だから?」
 ヴィヴィアンヴァルツが彼を見下し、街ぐるみで彼の存在を無視し続けた結果。
メーガナーダはあの薄暗い屋敷の中で、話し相手を造ったと。

 そういう事なのか?
「そんなの、俺のせいじゃない…」

「勿論。同じ境遇でも正常に自我を保っている方は大勢居ます。
これは彼の弱さの問題、貴方に全く非は…」
「だが止める事は出来た」

 辛辣に割って入る言葉を負って、シジルがじろりと見慣れない騎士を見やる。
部外者が生意気な口を叩くな、とでも言う眼差しを軽く受け流し、アストライアは内心で微かに芽生えた罪悪感と葛藤しているヴィヴィアンに言う。
「それだけの影響力があるなら、お前は止めろと一言周りに言うべきだった」
「ここは貴方の住む様な王国ではありませんよ。良好な人間関係など必要無い」

 初対面でありながら、真逆な論理をぶつけ合うアストとシジルを交互に見返し魔術師はちらりと病室を振り返った。
インドラジット。もといメーガナーダはベッド下の暗がりに身を潜め、今も二人で言葉を交わす。
一方は自分を妬み殺したいほど憎む、一方は自分を変質的なまでに愛する。
引き裂かれた人格は元に戻るのだろうか。

 足音を殺してそろそろと近寄ると、話し声がぴたりと止んだ。
俺は何も悪くない。
何もしていないのだから。
 そう言い聞かせるも、どこか後ろめたさが拭えない。
「メーガナーダ…」
 ヴィヴィアンは一歩離れた処から呼びかけた。
狭い病室の床に人影が蠢く。
 緑色の髪は取り払われて、赤く長い髪が庭一面のリリースパイダーの様風に揺れている

「魔法の使えない可哀想なヴィヴィアンヴァルツ。時が来ても貴方にその選択は出来ない」

 くすくす…。
メーガナーダの押し殺した笑い声が次第にインドラジットの甲高い声と重なり耐えがたい嘲笑を生む。
 自分らしくないと思いながら抑制出来ない。
「どういう意味だ、何を知っている!?」

 ベッドのスプリングを両手で叩き、荒げたヴィヴィアンの声音と対極に、メーガナーダが冷たく応える。



「私から教わる事など何一つ、無いくせに」

「…!」
「ヴィヴィアン…」
 かっと気色ばむヴィヴィアンヴァルツの肩に手を乗せ、アストライアが視線で無駄だと云う。
自ら造り出す闇に閉じこもった人格と、まともな会話が成り立つとは思えなかったからだ。


 握った拳が怒りに震える。それを一方の腕で制すと高慢な魔術師は深くひと呼吸吐いた。
一度俯いた彼の表情にまさかと狼狽えたが、再び上げた顔にはこれまでと変わらない。
強気なアメジストがベッド越しにメーガナーダを見下す。
びしり、と指を示し失笑さえ浴びせてみせた。

「ふん、当たり前だ!お前がどれほど全身全霊で俺の不運を願おうと、俺は自力で取り戻す」
俺はヴィヴィアンヴァルツ=ラヴィニ=ヴィルベルガ。
この俺に不可能も挫折もあり得ない!

 それだけを早口で公言し、颯爽と病室を出てゆく。
 喉まで出かかった慰めの言葉を呑みこみ、やれやれとアストライアは彼を追った。
不本意にでも頭を下げれば情報を引き出せたかもしれないものを。
魔術については博識なのだろうが、世渡りに関してはトコトン馬鹿だ。
最もその馬鹿さ加減が嫌いでは無いのだが。

 診療所から勢い良く飛び出した自分の後ろを、無言で着いてくる騎士は含みのある表情で苦笑を浮かべている。ちらりと盗み見、ヴィヴィアンは自慢の銀髪を掻き上げた。
「どうしたアスト?俺が天才だと云う褒め言葉なら必要ないぞ。言われなくても知っている」
どこまで自信過剰なのか。
こちらを振り向き、一喜一憂する顔を眺めアストライアは殊更大きな溜息を吐く。
「そんな事じゃない」
「そんな事って何だ!大体お前は俺が必要な筈なのに生意気なんだよ!」

 人目もはばからない口喧嘩を交わしながら、来た道を戻る。
舗装された十字路を越す度、通り過ぎる住人から生活感が失せてゆく。
イエソドの中心である巨大な書庫が遠目に映った時には、ヴィヴィアンヴァルツの崇拝者達が彼と並んで歩くアストを冷ややかに一瞥する、元の情景に戻っていた。

 どこの誰かも解らない余所者が何故、その場所に立つ事を赦されているのか?
相変わらず慣れない肩身の狭い眼差しを受け、街の正面から文殿に繋がる大通りに足を踏み入れると、何やら大きな人だかりが出来ていた。
アストを罵りながら後ろ向きに歩くヴィヴィアンはそれに気が付かない。
彼の行く手を遮る人間が居ないのだから、周囲に気を配る必要が無い。

 しかし。
「貴様がヴィヴィアンヴァルツだな?」
「!?」

 はっと、異変に気が付いたがもう遅い。
集まっていた群衆を掻き分け、武装した男達が両腕を掴む。
細身の魔術師を易々と押さえつけると彼等の長であろう男が一歩間を置き、部下を引き連れ姿を現す。王国の騎士だ。
 アストライアも同じ騎士とはいえ旅の目的が私用の為、最低限の装備しか身につけていない。
比べて彼等は団員を引き連れた正装。国の正式な命令で動いていると推測される。
アストライアが捕えられたヴィヴィアンと男の間に割って入ると彼は此方を向き、云う。

「貴様を我が主君ラモナ国、国王、王妃暗殺。および皇子暗殺未遂の容疑で連行する」

「な…暗殺!?」

 ざわつく周囲と同じく、当の本人も驚きに声を上げる。
全く身に覚えが無い。
 そして疑われる過程にも思い当たる節がないヴィヴィアンはただ瞬くばかりだ。
口を開けば余計な波風を立て状況を不利にするだろう。
 長身の男は感情を抑え、威厳さを滲ませながら真意を窺っている風だった。
ならば、とアストライアは自身も騎士であると国の紋章を翳し、説く。

「それは何かの間違いだ、彼は先刻まで個人的な妬みから罠に掛けられ意識が無かった。
本国の剣に誓って保障する」
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨