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LOVE FOOL・前編

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少女は軽くステップを踏む足取りでヴィヴィアンを招くと、就寝した家々の奥を指さす。
 指の先には町の端にどっしりと構える長屋が一軒、ドアの隙間から明かりを溢していた。
ニーナは木製の扉を両手で押し開き、騒がしい声を紫煙の中に飛び込む。
「父さん、お客様だよ!一番高い酒をお出しして!」
「いや…あの…俺は地図さえあれば…」
 店内はむさ苦しい仕事帰りの猛者達が席を埋めていて、何事かと一斉にこちらを振り向く。
汗とアルコールと煙草の混じり合った臭気。
思わず鼻を押さえ顔を背けるヴィヴィアンの非礼に主の眉が上がった。
「ニーナ、その男は何だ?どこから来た?」
 カウンターで腕に刺青をした男のグラスにウォッカを注ぎ、彼は聞き返す。
(それはこっちが知りたいくらいだ)
 それにしても、こんな脂っこい大男からよくニーナの様な小柄な娘が生まれたものだ。
ヴィヴィアンは引きつった笑みを浮かべ、手をひらひらと挙げた。
「この御方は世界的に有名な魔術師様よ。内緒の仕事でいらしてるんですって」
「…」
 ニーナの父親は娘の手前言いたい文句を呑み込み、口を真横に結ぶ。
如何にも怪しげな優男を一番目につく監視しやすい席に座らせると無言で背中を向けた。

(…浮いている)

 彼女はヴィヴィアンを一人残し、地図を探しに二階の私室へと駆け上がる。
慣れない場末の雰囲気に腰の落ち着かない魔術師の隣へ、するりと酔いの回った若い男が
肘を付いて覗き込んで来た。
「兄さんべっぴんだね、本当に男かい?」

 話す度アルコールを含んだ息が自慢の銀髪を揺らす。
後ろの円卓で仲間がニヤニヤと見守る中、男はヴィヴィアンの胸を手の甲でざわりと撫でた。
「!」
 馴れ馴れしくも屈辱的な行為に腑が沸き立つ。
「気安く触るな。俺様を誰だと思って…!」

 言いかけ、ずしり…と地面が沈んだ様な感触にヴィヴィアンはカウンターを叩いて立ち上がった。
魔術が使えなくても肌で察する感覚までは消えていない。
 この不自然な、大地の軋み。
魔力を持たない一般人には何も感じない、この揺れは大地の震えではない。
空気が一定空間に密閉され、重力の濃度が変わる。

(魔法陣が発動した、閉鎖空間の重み!)

 何者かがたった今魔法陣を引き、辺りに魔術を施した。
範囲の程は此処からでは測れないが、閉じ込められた事実に間違いはない。
(こんな時に…)
 面倒事には関わり合いに成りたくなかったのに。
偶然にもそれは男の行為にいきり立った様、周囲に映る。
「おい!俺達とは目も合わせたくないってか!?」

 肩を掴まれ意識は崇高な魔術的思考から一転、醜悪な酒場へと呼び戻された。
 何だ?と振り返り、軽薄なその顔を再び瞳に映す時には。
男の拳がヴィヴィアンの横面にめり込んでいた。
「!?―っ…うぁ!」
 無防備だった身体に加え、元々肉体の直接攻撃に脆い。
軽く椅子から吹き飛び、床に倒れる彼をニーナの父親が蔑んだ笑いを投げる。
「ふん…うちの娘に何かしたらもっと酷いぜ?」
 やはり彼はヴィヴィアンを娘に近づく「悪い虫」と認識していたのだ。
(くっついて来たのはあっちからだ!)
 ばったりと床に倒れる端で、自分を殴った男と仲間らしき数人が手を打ち合わせ笑っている姿が逆さまな視界に入る。

 ―何が愛だ、何が幸せだ。
 痛みに引きずられ沈んで行く意識と身体。

『キミはもう少し周囲の寛大さに感謝して生きるべきだ』

(ふざけるな…誰が…っ!)
 纏わりつく暗闇の中でヴィヴィアンは記憶の片隅に残る、満月を背に微笑む謎の女に毒付いた。

「ごめんなさい…ヴィヴィアン様の大事なお顔に」

 次に意識を取り戻したヴィヴィアンは、小奇麗に整頓されたベッドの上に寝かされていた。
砕いた氷を包んだタオルで赤く腫れた彼の頬を抑え、泣きはらしたニーナが枕元でしょんぼりと肩を落としている。
気絶したヴィヴィアンを彼女の父親が客室に放り投げ、事の顛末を聞いた彼女が慌てて看護に来たのだ。
「みんな…普段は良い人達なんですよ?」
「君には、なんじゃないのか?」
「…」
 ヴィヴィアンの皮肉に彼女は黙って耐え、黙々と水の含んだタオルを絞る。
それから思い出した様にエプロンのポケット折り畳まれた紙を差し出した。
「隣の街へは明日の昼過ぎに来るトラックを待たないと移動出来ないの…
王国になら更に三日。あ…ヴィヴィアン様なら必要無い情報でしたね」
 私ったら!、と自身の頭を小突くとおどけた笑顔を浮かべ、不機嫌さを露わにするヴィヴィアンを和ませようと必死で努めた。
「…ふん」
 当然だ、とでも言う様に。
素直に礼を言えないヴィヴィアンは地図を受け取り、身を起こしてテーブルに広げる。
見覚えの無いこの町は切り崩された山の中だった。
だがどこかの王国に着けは宮廷魔術師の力で知り合い達と連絡が取れる。
彼らは必ず自分を案じて迎えに来てくれる筈だ。
(明日の昼まで待つしかないのか…)
 魔法の使えない魔術師は深い息を吐いて椅子の背もたれに身を傾けた。
大きく脚を組み、それからテーブルの上で指をコツコツと叩く。
細く長い指先とそこに収められた美しい指輪、それにも劣らないのは彼の冷静な面持ち。
ヴィヴィアンは此方を感嘆混じりに見惚れている娘へ視線を移した。
「そういえば…俺が気絶している間、何も変わった事は無かったか?」
「え?…いいえ?」
 突然の問いかけにニーナが怯えた表情を見せる。
「あの…それはお仕事と関係が?」

 魔術師が、しかも強大な力を持つ彼が遣わされる仕事が穏やかである筈が無い。
おそらくは始めから抱いていたのだろう、不安に耐えきれずニーナはそろそろと伺う。

「数日前から、この町には王国から使わされた騎士様が増えました。
けれど皆いつの間にかいなくなって…」
「…騎士?」

 それで俺が居た時、即座に「仕事」だと思ったのか…。
国から直々に騎士が使わされるとは物騒な話だ。
 ヴィヴィアンは先刻起きた魔法陣の発動を彼女に伝えるべきか一瞬、戸惑い言葉を呑んだ。
それはニーナに余計な心配をさせない為の配慮…では当然無くて。
(説明するのが面倒くさい)
 そんな自己中心的な発想から。
少女の不安を麗しい一笑で伏し、大丈夫とだけ答える。
 この町で何かが起ころうとしているなら知っておきたい。
清楚な表情を硬く強ばらせ、身を乗り出す背を優しく押し戻し彼は窓から外を窺った。
 寝静まった民家は何事も無く窓を閉ざし、逃げ惑う人も、何かが現れた予兆も無い。
大丈夫だと云う言葉とは裏腹に、何かを警戒しているヴィヴィアンの隣で自分も窓を覗き見る。
 けれど彼女から見ても眼下はいつもと変わらぬ光景。
代わり映えのない町並みだ。
 窓から物憂げに夜を眺める青年と少女。傍から見れば恋人同士の様にも見間違う。
 間近で見るヴィヴィアンに慌てて一歩後ろに下がる彼女は、溶けて温くなった氷を交換しようと水桶を持ち上げた。
緊張で手が震えるー…と、不意に部屋の扉が叩かれた。
 廊下からニーナを呼ぶ声は父親の物だった。

「父さん…?」
 店は?
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨