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バラードが嫌いな彼女は

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 喫煙所に人影は無く、無造作に並べられた木製の赤いベンチが、静かに私を迎えてくれた。何故かは分からないが、セミが鳴き始めるのは決まって午前十時三十分頃だ。
 煙草をくわえて火をつける。目端に映る残り本数は三本。この箱が終わったら辞めようと決心してからどれだけの箱を空にしてきたかを思うと、我がことながら苦笑するしかない。
 最初に煙草を吸ったのは何時何処でだったろうか。吸い始めた理由さえも思い出すことはできないが、少なくとも現在の私には必要不可欠なものだ。
 煙草を辞めようと思う度に、昔のことを思い起こす。
 時期も種類もバラバラ。高校時代の恋人のことを思い出した次は、小学生の頃のケンカを思い出した。
 額を伝う汗に長居しすぎていることを知り、私は慌てて煙草を灰皿に放り込む。そうして立ち上がったとき、西の空に一筋の飛行機雲を見つけた。
 子供の頃は、飛行機雲を見つけるとそれだけで良いことがあると思ってはしゃいでいたものだ。いまのこのご時世、飛行機雲を見上げる余裕がある大人はどれだけいるのだろうかと考え、思わず笑みがこぼれた。

 引き開けた扉の隙間から流れ出る冷気に戸惑いながら中に入ると、いまだに囲み取材が行われていた。短時間ではあったが、打ち解けたように見えた。
「さぁ、今日も元気に働くかね」
 嫌味にならぬようそれとなく作業開始を促した私の声によって、すべての会話が途切れる。
「あ、そろそろ行きますね」
 その一瞬の隙をついて囲いを抜けた新人の女のコは、私の脇を小走りに駆け抜けた。すれ違いざまに「ありがとうございます」という言葉が私の耳に届いた。

 特に忙しいわけでもなく、特に暇というわけでもない。そんないつも通りの午前中が過ぎて、昼食の時間となった。
 工場には食堂が用意されているのだが、ランチが売られているわけではない。物を飲み食いしても良いというだけの場所だ。喫煙所の正反対の位置にあり、当然のように禁煙だ。従業員のほとんどを喫煙者が占めているこの工場では、喫煙所にてコンビニなどで購入した物を食べることが主流となっている。そのため、食堂を利用する者はほとんどいない。喫煙欲求は気温にも勝るのだ。