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幻燈館殺人事件 中篇

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 懐から紙を取り出しては周囲と眺め比べ、再び足早に歩き出す。そんな動作を先ほどから何度となく繰り返しながら、周辺地域を歩き回っていた。
 懐の紙は、高田を介して届けられた封筒に入っていた便箋の一枚であり、手書きの地図が記されている。度重なる出し入れによって激しく痛んでおり、折り目などは少し力を加えれば切り取れそうなほどだ。
 辺りを見回す花明の顔は、焦燥の一色に染められている。
 地図には、紅梅荘というアパートメントへの道筋が記されており、その地図を持つ花明が向かう先は、紅梅荘である。
 花明は道に迷っていた。自身が方向音痴であるという自覚はなく、今まで方向音痴であるとの指摘を受けたこともない。だが、地図が間違っていてはどうしようもない。
 道行く人に訊ねれば、と思った矢先、誰ともすれ違わなくなる。駆け行く子供たちに、藁にもすがる思いで声を掛けたものの、予想通りに相手にはされなかった。
 花明は、ふぅ、と肩の力を抜く。
 それから、懐の封筒を取り出し、中に収まっている三つ折の便箋を開いた。

 『すぐに会いたい。できるだけ早く地図の場所に来て欲しい。桜子が殺されてしまった。俺はその現場を目撃した。犯人も見た。だが、知っての通り俺は顔の見分けがつかない。警察に頼ることもできない。こんなことを頼めた義理ではないが、どうか助けて欲しい。桜子を殺した犯人を見つけ出したい。犯人を見つけた後は、自首するつもりでいる。』

 この手紙を書いたのが九条怜司であることは、火を見るより明らかだった。
 九条怜司は、九利壬津村に本籍を置く九条家の長男であり、六年前に一之瀬桜子とともに姿を消して以来、その行方が分からなくなっていた。
 花明と怜司とは、決して無関係ではないが、深い関わりがあるわけでもない。
 どういう人物かと問われれば、二言三言の人物評を述べることができるであろう程度の顔見知りでしかない。手紙をやり取りするような間柄ではないし、少なくとも花明には、互いの所在を交換した覚えはない。
 しかし、怜司が自分の居場所を知り得た理由には、見当が付いていた。
 桜子の手紙によって、九利壬津村の事件から六年過ぎた今でも、怜司と桜子が一緒にいることが判明している。そうであれば、桜子が花明の所在を怜司に話していたとしても、別段不思議なことではない。
 思いで話として談笑したのか、事情を知る者との接触を避けるための注意を行ったのかは定かではないが、今の花明にとっては些細なことだ。或いは、怜司の手紙を受け取る前であれば、前者であろうか後者であろうかと思い悩んでいたかもしれないが、事象の順序が逆転しない限りは、そういう事態にはならない。

 怜司からの手紙を読み返した花明は、封筒を懐に収めた。そうしてもう一度、ふぅ、と短く息を吐き――
「おまわりさん! あの男です!」
「え?」
 振り向いた花明の目に映ったのは、警官二人と如何にもといった主婦であった。
 花明は、先ほど声を掛けたが無視されてしまった子供の母親か、と瞬時に状況を把握し、身分証を探す振りをして、怜司の手紙が入った封筒を着物の襟の裏地に忍ばせた。
「僕は帝国大学で……」
「話は後で聞く。一緒に来てもらおうか」
 花明の言葉を遮った二人の警官は、まるで凶悪犯を目の前にしているかのような鬼気迫る形相で、花明に向かって腕を伸ばす。
「え? ちょっと!?」
 花明は成す術なく両脇を固められてしまったのだった。

 
作品名:幻燈館殺人事件 中篇 作家名:村崎右近