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幻燈館殺人事件 中篇

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 花明は、毎回毎回申し訳ない、と思いつつも素通りし、通り過ぎた後に、せめて何を売っているのかぐらいは知っておかないとな、と思う。思いはするが、未だに行動には移せていない。
 美星堂には、当然だが常盤の姿はなかった。
 いつもは、美星堂を訪れた花明に常盤が誰よりも先に声を掛けていたため、花明は、違う店に来てしまったのではないか、とほんの少しだけ錯覚した。
 常盤の代わりに、別の店員が対応に現れる。
「いらっしゃいませ」
「ど、どうも」
 花明も何度か見た顔であるが、声を掛けられたのは初めてであった。
「確か常盤の……?」
「はい。常盤さんの」
 花明は、“常盤さんの”何なのだろうか、と思った。
 目の前の女性店員が濁した言葉と、自分が口にしなかった言葉が、同じ意味を持つ言葉である自信はなかった。
 常盤と自分とが、どういう関係に見えるのか、どういう関係だと聞かされているのか、目の前の女性店員にそれを問い質すのは、なんとなく勇気が必要だった。勿論、勇気を備えていたとしても、花明はそんなことを訊ねたりはしない。
「いつもの品を……ってそれじゃ分からないですよね。えっと……」
「大丈夫でございますよ」
 女性店員はにっこりと笑って、少々お待ちください、と言い残し、その場を離れた。
 売り場に独り残される形になった花明は、手持ち無沙汰の末に先ほど交わした常盤の言葉を思い出し、目を皿のようにして周囲を物色し始めた。とは言っても、手に取って眺めることまではできず、さながら興味はあるが怖くて触れない子供のようであった。

 *

「こちらでございますね」
 しばらくの後、花明の目の前に“いつもの品”が運ばれてきた。
 花明の恩師でもあり上司である澤元教授が、孫の千鶴のために毎月購入しているものであり、花明が美星堂を訪れる唯一無二の理由でもある。
「それと、新作を」
「はい、ありがとうございます」
 女性店員が浅く頭を下げて花明の声に応えると同時に、別の客が店員を呼ぶ声がした。
「どうぞ、あちらの方を。どのみち僕は、常盤さんが戻るのを待っていますから」
「分かりました。では、失礼致しますね、ごゆっくりどうぞ」
 再び独りになった花明は、目の前にある“いつもの品”をまじまじと眺めた。
 それは、純国産のコールドクリーム。国産品が一般に普及し始めたとはいえ、まだまだ輸入品の使用者の方が多い。その主な理由は至って単純。値段だ。
 千鶴は、輸入品のコールドクリームを使うと皮膚炎が起こるため、少々値の張る国産品を使っている。国産品のすべてが割高ということではないし、輸入品の品質や効果に問題があるわけではない。
 海外からの輸入品は、あくまでも生産された国に住んでいる女性の肌に合うように作られたものなのである。
 結論としては、文字通り肌に合うかどうか、ただその一点のみだ。
「こんな高い品、安月給の僕では毎月買えませんよ」
 花明はそっと独りごつ。
 花明には、十四歳の千鶴が皮膚炎の危険を冒してまで化粧をしたがる理由が分からないのだ。
 用事を済ませた常盤が店に戻ったのは、煙草で言えば二本、新聞で言えば社説欄を読み終える程度の時間が過ぎてからだった。
 その頃の花明は、コールドクリームとのにらめっこを終え、白粉や化粧水、髪に潤いを与える油性の美髪料などに興味を移していた。
 常盤が、ご説明致しましょうか、と声を掛けると、花明は言葉を失って顔を赤くした。
 それはまるで、見られたくない場面を見られてしまった、悪戯を見つけられてしまった子供のようであった。
「先生って、思った通り可愛らしい方ですわ」
「常盤さん……」
 恍惚とした表情を浮かべた常盤に対し、花明は苦笑するばかり。
「冗談ですわ。はい、こちらがお預かりしていた手紙です」
 常盤は茶封筒を差し出す。
 茶封筒の表面には『花明栄助様へ』と書かれていたが、差出人の名前は裏面にも記載されていなかった。宛名はしっかりとした楷書であって、品と知性とを示しつつも、どこかに女性らしさを感じさせる書体であった。
「いけませんわ。先生」
 受け取ったその場で封を破ろうとした花明は、常盤に窘められる。
「あぁ、そうですね。ここで開封してはお店の迷惑になりますね」
「そうではありませんわ。この手紙には、見ず知らずの私を介してでも先生にお伝えたかった想いが綴られているのですよ? 目の前で開かれてしまっては、どんな内容だったのかを訊ねたくなってしまうではありませんか」
「はい?」
「もしも恋文であったりしたら、手紙をお預かりしたことを後悔してしまいますもの」
「……はぁ」
「もう……先生ったら」

作品名:幻燈館殺人事件 中篇 作家名:村崎右近