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BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン

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第二話 危険な賭


(一)

 曇天に、線香の煙が上っていく。
 「吉良、あいつらを助けてくれ」
 天道吉良の墓の前で、彼(リキ)は祈るように呼びかけた。最近は、仕事で命日以外殆ど来れなくなった墓参り。だがどんなに忙しくなっても彼の時間は、あの日から止まったままだ。 十三年前のライブ、メジャーデビュー一ヶ月前を控え、メンバーの誰もがはしゃいでいた。

 「やったぞ、吉良!遂に俺たちはプロだ」
 「ああ。これで武道館に近づいたな?兄貴」
 吉良はそう言って、リキに微笑んだ。そう、やっと夢が叶う。やっと―――。

 リキは、墓の前に屈んだまま答えぬ相手と対話した。
 「何故なんだ?俺たちが何をした?これからなんだぞ。何故…」
 目の前で、倒れる弟・吉良。本当は、助けられたと理解っていたらと思うとリキは今でも忘れられない。だからこそ、自分は責任がある。
 「―――人間慣れないモノはするんじゃねぇな」
 リキの背が、ビクリと強張る。
 「空」
 「あんたの場合は、何かあると必ず親父の墓に行く事だ」
 「珍しいな。お前が墓参りとは」
 「そうでもないさ。この時間に来るのは初めてだが、何度も来てるよ」
 「それで、吉良は何か云ったか?」
 「いいや。俺も何も云わないからな、昔から」
 「確かに、お前はガキの頃から口数少なかったな。ポーカーフェイスは吉良だけだと思ったが、その心の内を覗かせないのも吉良そっくりだ」
 「何か、とんでもなく悪い奴に聞こえるぞ」
 「そのつもりで云っている」
 吉良も空も、決して悪気はない。それは、リキも理解っている。周りを心配させまいと、心の内にしまい込むのだ。兄弟なのに、家族なのに、二人とも何も云ってはくれない。
 リキが、何を云いたいのか空には理解っていた。リキが吉良の死でトラウマを抱えているように、空も父の死を見ているのだ。
 十三年前のあの日、クリスマスの前日。
  
「よし、出来たぞ」
 クリスマスツリーの飾り付けを終え、未だ小学生の海と空はテレビの前に座った。
 「陸を起こしてくる」
 「空、りっくんに見せるの?」
 「父さん云ってたじゃないか。今日のテレビ中継は、俺たちのクリスマスプレゼントだって。三人で見なきゃ意味ないだろ」
 そして、陸を真ん中にしてその時を待ったのだ。しかし、幼い三人が見た父親は、倒れる姿だった。悲鳴と供に、うつらうつらと居眠りをしていた陸が顔を上げ、空の袖を引いた。
 「兄たん、父たんは?」
 幼い陸は、その瞬間を見ていない。今も、父親が何処で亡くなったのか知らない。
 その後三人はリキに引き取られ、海と空が成人するまで四人で暮らし、寂しい思いはしなくて済んだ。父・吉良の顔を覚えていない陸は、小学校に入るまでリキを父親だと思い込んでいたほどだ。

 「俺には、責任がある。吉良に変わってお前達を護ると云う責任が。それが、あいつへの償いだ」
 リキは、十三年と同じ言葉を今度は空に言う。
 「だから、親父が死んだのはあんたの所為じゅないと何度も言っただろう」
 「吉良は、助けられた。俺が気付いていれば、あいつは死ななくて済んだ」
 「ごめんな…」
 空がポツリと呟いた言葉に、リキは何も言えなくなった。
  ―――ごめんな、兄貴。
 それは、楽屋を出る時、リキが聞いた吉良の最期の言葉だった。
 その夜、空は譜面を前に新たに書き込みをした。
 『BROTHERS』の作詞作曲も兼任する空は、母親譲りの絶対音感を持っている。
 これまでにないそのアレンジに、空ははっきり言ってうまくやれるか理解らない。だが方法は、それしかないと躯が訴える。武道館ステージ実現の為の、切り札。ただそれは、新たな嵐を招くかも知れなかった。

 陸が通う高校は、鎌倉駅から徒歩十分の所にある。
 もうすぐ冬休みとあって、クラスメートは両親の実家に行く者、今回は海外へ行くと云っている者、様々だ。
 「天道、お前今年はどうする?」
 「家にいるかな。父さんの命日もあるし」
 「兄貴たちは?」
 「さぁ、どうかな」
 「そう云えば、お前の兄貴たちって何してるんだ?」
 「え…」
 親友・塚田は、陸の二人の兄がロックバンド『BROTHERS』とは知らない。別に隠している訳ではなかったが、敢えて突っ込まれると陸はごかますのが常だ。
 人気者を持つと、いろいろ大変なのだ。
 「見て見て、『BROTHERS』のライブが決まったって」
 女子達が、音楽専門雑誌『LEGEND』を広げ、会話している。ファンの間では、シークレットバンドと呼ばれているほど、『BROTHERS』はその私生活は謎とされている。唯一知り得る一般人である陸は、塚田の話に上手く話を合わせながら、ちらっと横目でその雑誌を覗いた。
 日付は十二月二十四日、ライブハウス『SUCCESS』。
 それは父、天道吉良の命日の翌日だった。
 ―――よりにもよって…。
 海は、髪を掻きながら貸し倉庫の中に入っていった。『SUCCESS』は、今ここが練習場所で既にドラムのサトシ、ギターのレン、そして空がいた。
 ライブハウス『SUCCESS』は、クリスマスイブのその日しか、他のミュージシャンのライブは入っていなかった。
 「それより、問題発生だ。海」
 ドラムのサトシが、兄弟の会話に入ってくる。
 「何か、あったのか?」
 「蓮が、指をやっちまった」
 それは、ギターが弾けない事を意味する。
 「あちゃ―――…」
 思わず、目を覆った海だった。これでは、ライブどころではない。
 誰もが、頭の中に『活動休止』の四文字を浮かべた。一人を、除いて。
 「海、まだ諦めるのは早いぜ」
 滅多に笑わない空が、軽く笑んでいた。