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幻燈館殺人事件  前篇

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 食堂へと入ると時間も限られている事から、花明はすぐに吾妻に質問をぶつけた。
「昨夜はどうされていましたか?」
「会食の片づけを済ませた後は別棟に戻って自室で朝までぐっすりですよ。ここの料理番は、あなたが思っているより余程気を使う仕事なのでね。毎日くたくたですから」
「なるほど……。吾妻さんはもうすぐここで勤めて二年になるのだとか」
「そうです。もうすぐここを出ていく契約になっております。残念な気もしますが、安堵感の方が強いですなぁ」
「といいますと?」
「こちらのお屋敷はお給金は申し分ないんですがねぇ、いかんせん個性的な方々ばかりですからなぁ」
「大河さんはどのような方なのでしょう?」
「この歴史ある九条家を守っている方ですからな。ご立派な方ですよ。ただ……まぁ」
 口ごもる吾妻を花明が目で促すと、鬱憤が溜まっていたのか存外にあっさりと吾妻は口を滑らした。
「まぁ……少し感情の起伏が激しい方でして。私の作るものでも少しでも気に入らないと、すぐに下げろ――とまぁこうですわ」
「なるほど。今も尋常ではない程に悲しんでらっしゃいますよね」
「そうですそうです。ああいった感情の爆発が起こると、抑えられない方なんです。特に代美さまに対しては実の娘のように可愛がってましたからなぁ。当分は立ち直れますまい」
「立ち直れないと言えば怜司さんはどうなんですか? 奥さまが亡くなられたにしては随分と冷静に見えるんですが」
「怜司さまですか……。あの方は当主さまとは逆で常に冷静な方なんですよ。どこかに感情を忘れでもしてきたんじゃないかと思う程に。ですが内心では悲しんでおられると思いますよ。代美さまは怜司さまの身の回りの事を使用人に任せずに、全てご自身でなされる程に愛情深い方でしたから」
「そういえば斎藤さんもそのように言っていました」
「そうでしょう? 本当に何から何まで代美さまがなさっていたので、使用人は怜司さまの事はあまり良く知らないんじゃないですかね」
「そうだったんですか……怜司さんだけを見ていると、とてもその――代美さんへの愛情があったとは余り思えないのですが」
「不器用な方ですからな。それに愛情というものは必ずしも天秤が釣り合っているものではないでしょう。大概がどちらかに傾いている物です。お二人の場合は代美さんの方が重く傾いていたという事でしょうな。その証拠に昨日も代美さまは怜司さまの部屋へ行ったんでしょう?」
「昨日‘も’?」
「ええ、毎日じゃないですがね、代美さまはああやって自ら怜司さまの部屋を訪ねるんですよ。この屋敷にいる人間なら誰もが知っている事です」
「なるほど……。では蝶子さんはどのような方でしょうか?」
「蝶子さまはとても聡明な方で、千代さまの教育係としてもそれは立派なものです」
「代美さんとは仲がよろしかったので?」
「どうなんでしょうな……。蝶子さまはあくまで奇咲家の方であって、九条家の方ではありませんから。家柄はともかく資産量の劣る奇咲家は下に見られているのは確かです」
「それは家同士の事ですよね? 姉妹の間では関係ない事のようにも思うのですが」
 花明がそう言うと吾妻は悟ったようなそぶりを見せる。
「結婚とは家同士の物です。別の家に入ったからにはその家に染まる。染まらなければその結婚生活は苦しくなるだけですから。九条家に嫁いだ代美さまが九条に染まり、奇咲を軽んじたとして、それは冷たい事でも何でもなく当たり前の事だと思いますよ、私は」
 まだ若い花明には分かるまいと、吾妻の目はそう語っていた。花明はそんなものかと思ったが、やはりどこか腑に落ちない物を感じていた。
「ふむ……。では他の使用人の皆さんについては何かありますか?」
「いや特には。皆頑張っていると思います。別棟の規則はご存知ですか?」
「はい。当直の人間以外は別棟に戻り、鍵を掛けられるというあれですよね」
「そうです。普通はその規則も窮屈に感じたりする者も出てくるでしょうが、皆そんな事は思いませんで。ここの慣習には全て倣い、真面目に働いてますよ」
 そこまで話すと吾妻は壁の柱時計に目をやると、ぽんと膝を叩いた。
「さて、それでは私はこの辺で失礼します。時間がいよいよ迫っていますので」
「ああ、お忙しい時にすみませんでした。ですが良い話が聞けました。有難うございました」
 花明が頭を下げたので、既に歩き出していた吾妻は片手を上げてそれに応えた。吾妻は厨房で柏原と簡単な挨拶を済ませると、すぐにまた作業へと戻った。
「柏原さん、有難うございました」
 厨房で吾妻の代わりを果たした柏原にそう言うと、彼女は屈託ない笑顔で微笑んだ。
「いえ、これも私の仕事ですから。では後は――村上さんですね。あの方ならこの時間なら、執務室で雑務をこなされていると思います。ご案内しますね」
 さすがにもう慣れたもので、次に行く場所の見当を付けると柏原は花明を先へと導いた。


 執務室は一階の左奥の部屋だった。
 軽く扉を叩くと中から村上の男性にしてはやや高めの声が返ってきた。
「柏原です。花明さまをお連れしました。少しお時間よろしいでしょうか」
「……どうぞ、お入り下さい」
 中から入室を促されると、柏原は一礼をし後ろに下がった。
「私はこちらでお待ちしています」
「分かりました、よろしくお願いします」
 毎度柏原を待たせる事に申し訳ないと思いながらも、見張り役でもある彼女を解放するわけにもいかず、花明は現状を享受すると、一人室内へと足を踏み入れた。
 中に入ると村上は何やら文書類の整理をしていたようで、大量の郵便物や書類が散らばっている机に向って座っていた。
「お忙しい所、すみません」
 花明がぺこりと頭を下げると、村上は手を止め立ちあがりきびきびとした動きで礼を返した。
「いえ……。それでどのようなご用件で」
「昨夜の事をお聞かせ願えますか?」
「昨夜……ですか」
「はい、皆さんに聞いて回っているのです。何しろこのままでは僕が犯人にされてしまいますから」
「そうでしたか……皆に……。でしたら私も協力しない訳にはいきませんね。どうぞ何なりとお聞きください」
 その言葉に花明は頷くと、堰を切ったように疑問をぶつけていく。
「昨夜は当直との事でしたが、別棟の鍵は村上さんがお持ちだったんですか?」
「そうです。私が管理していました。ですから別棟にいた誰かが、若奥さまを手に掛けたなどという事は断じてあり得ません」
「では村上さんと柏原さんならどうです?」
「若奥さまは会食の後、さらに一度花明さまご自身がご覧になっているのですよね?」
「はい。午前五時頃でした」
「ではそれまでは御存命だったと。その後となると柏原は灯り番でしたから夜が明けるまでに仕事に戻らねばなりませんから、とてもそんな時間はありません。私も別棟を開けに行かねばなりませんからね、とてもそんな」
「しかし鍵を開けるのは灯り番に比べれば遥かに時間のかからない作業ですよね」
 花明がそう言うと、村上はいかにも不快そうに口の端を歪めたが、すぐに冷静さを取り戻す。