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幻燈館殺人事件  前篇

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 庭に出ると掃き掃除をしている狭山の姿があった。
「狭山さん」
 柏原が声を掛けると、その隣にいる花明に向って狭山は軽く頭を下げた。
「少しお話を伺えますか?」
 花明がそう声を掛けると、狭山は困った顔をする。
「庭の落ち葉を片づけて次の仕事に行かないといけないので……」
「それならお話の間は私が代わります。狭山さん、どうか花明さまに協力して差し上げて下さい。冤罪なんて……見たくないでしょう?」
「それでは花明さんは無実なのですか?」
 そう言うと狭山はやや疑いのこもった眼で花明を見上げた。
「僕が無実である事を僕は知っています。けれど他の人たちにも分かって貰うには情報が足らないのです」
「そう……ですか」
 俯き、少しだけ考えると狭山は持っていた箒を柏原に手渡した。
「東側は澄んでいるから、西側をお願い出来る?」
「分かったわ。狭山さん、有難う」
 柏原はそう言うと花明に軽く頭を下げ、箒を手に指示された方へと去って行った。
「それで話とはどんなものでしょうか?」
 柏原が去ったのを目で追った後、狭山は改めて花明に向き直った。
「では昨夜のお話から聞かせて頂けますか?」
「昨夜は会食後の雑務を終えると、当直では無かったので別棟に戻りましたが」
「別棟の鍵は中からは開けられないのですよね?」
「はい。当直の者が鍵を掛ける事になっています」
 斎藤と同じ事を言う狭山。
「当直はどのように決められるのですか?」
「明かり番と当直は常に一組として二人で宿直室に寝泊まりするのですが、その二人は代美さまが大体の順番で決められます。誰と一緒になるかは毎回変わるんですよ」
「なるほど……。そう言えば狭山さんはここで勤めてどれ位になるのですか?」
「私は一年ほどです」
「他の方々については分かりますか?」
「確か……料理長は二年弱で、斎藤さんは一年半ほどだったかと……。柏原さんはまだ最近ですね、二か月ほどでしょうか」
「なるほど。では吾妻さんはもう少しでここを離れられるのですね」
「そうですね、料理長と言えど二年という契約は同じですから」
「その二年という契約についてなのですが……」
 花明はどう切り出そうかと一度言葉を区切ったが、結局直接的に聞いてみる事にした。
「大河さんが使用人に手を付けるから、その発覚を防ぐ為に――というような事を耳にしたのですが」
「旦那さまが? まさか」
 狭山は驚きと共に、少しだけ可笑しそうな表情をする。
「あり得ない、ですか?」
「だって九条家当主なんですのよ? そのような方がわざわざ……」
「大河さんは女性が随分とお好きだと聞いたのですが」
「それはそうかもしれませんけれど……」
 そんな事はあり得ないとでも言いたげに視線を逸らした狭山に、花明は違う角度から問う事にする。
「では大河さんが旅行に行かれるとか、そう言う事は多いのでしょうか?」
「いいえ。九条家の皆さまは殆どこの幻燈館からは出られませんわ。……それならば旦那さまの愛人がこのお屋敷に? まさか斎藤さんが!?」
「ぶっ」
 狭山の口から飛び出た斎藤の名前に、思わず花明は噴き出した。
「斎藤さん……ですか」
「え、えぇ……」
 斎藤さんはふくよかで優しそうな女性である。しかしとても庶民的な雰囲気であり、つまるところとてもではないが九条家当主の愛人像からは、あまりにもかけ離れているのである。
「そんなわけありませんわよね……」
「僕もそう思います。第一この話を僕にしてきたのは斎藤さんでもあるんです。自分がそうならわざわざそんな話をするでしょうか?」
「そうですわね。っ! でも私でも無いですよ! まさか、柏原さんが?」
「しかし彼女はまだ二か月程度なんでしょう?」
「でも月日はそんなに関係ないと思いますわ」
「確かに……そうかもしれませんが……何か感じるものでもありますか?」
「いえ、そんな素振り見た事も御座いません。もしかしたら前にいた使用人だったのかもしれませんわね。そう言った事が何度かあって、二年という慣習が出来たのかも……」
「ふむ……。いや貴重なお話を有難うございました」
 二年という契約に大河の女好きの噂、気になる所ではあったがこれ以上狭山から何かを引き出せるとは思えなかった花明は、狭山に礼を言うと頭を下げた。
「もうお話はよろしいのですか? それでは私は柏原さんを呼んで参りますね」
 そう言って軽い足取りで駆けていった狭山は、三分ほどで柏原を連れて戻ってきた。
「お待たせしました」
「いえ、とんでもない」
 そんな言葉を交わしていると、柏原が思い出したように狭山に向かって口を開いた。
「そう言えばさっき当主さまの部屋に伺ったんです。といっても中には入れて頂けなかったのですけど。その時当主さまのご気分を損ねてしまって……。何かが割れる音がしたんです。後で食器を下げに行った時に気にして頂けますか?」
「分かったわ。救急箱を一応持っていくわね。と言っても、私もまた入れて頂けるかどうかあやしいものだけれど」
 そう言って狭山は露骨にため息をついた。その様子から食事を持っていくのも一苦労だった事が伺える。
「大河さんはどういった方なのですか?」
 疑問に思っていた事をこの機に花明は口にした。
「……当主としてはご立派な方です」
 少し考えた後、狭山はそう言葉にする。
「失礼ですがそのご立派な方が、代美さんの死に際してあの態度とは……」
「それは仕方がない事なのです」
 花明の正直な想いを狭山はすぐに否定した。
「旦那さまは代美さまの事を本当の娘のようにご寵愛してらしたのです。それこそ実の息子である怜司さまよりも大切にしてらしたんじゃないかしら。旦那さまの悲しみは実の娘を亡くしたも同然の悲しみなのですわ……」
 沈痛な表情で狭山が告げると、花明も身を固くした。
「そう、だったんですか……」
「えぇ、お可哀想な方なのです」
 狭山はそう言うと俯きかけたが、すぐさま「あらいけない!」と言って箒を握りしめた。
「ごめんなさい、本当に仕事に戻らないと」
「ああ、こちらこそすみません! 長居をしてしまいました」
「それでは失礼致します」
 狭山はそう言うと、急ぎ足で庭を移動し始めた。落ち葉はまだ沢山溜まっている。
「一人で大丈夫かしら……」
 柏原が心配そうに口にした。


 館内に戻ると二人は厨房に向かう事にした。
 厨房に入ると吾妻は大きな体躯を忙しなく動かしていた。
「こんにちは、少しお話を伺いたいのですが」
 花明はそう声をかけたが、吾妻が手を止める事はなかった。何やら下準備をこなしながら、目だけでちらと花明を確認した程度である。
「すみませんが、今は昼食の準備中でしてねぇ」
 それでも客人を無視するわけにはいかないと思ったのか、おざなりにそんな返事を返す。
「でしたら私が仕事を代わります。下処理位でしたら私でも出来ますので」
「……柏原さんがそこまで言うなら、まぁ少しでしたら」
 吾妻は渋々と言った様子で包丁を置くと、花明の元へと寄って来た。それと入れ替わりに柏原は厨房へと入って行く。
「では隣の食堂でお話をお聞かせ下さいますか」
「分かりました」
 花明は吾妻を隣の食堂へと導いた。