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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅰ

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 麦茶の入ったガラスのコップを小さな盆に載せて戻ってきた片桐は、饅頭談義を始めた佐官たちをちらりと見ながら、箱から素早く饅頭を三つ掴み取った。そして、そのひとつを麦茶と一緒に美紗の前に置いた。
「うちね、実はいつもこんな感じ。怖そうって思ってた?」
 美紗は正直に頷いた。これまで、統合情報局第1部に顔を出せばいつも怒られていた。強面の制服たちが仕事中に茶菓子の話で盛り上がるとは、想像もしていなかった。
「あと、今いないけど、先任の松永3佐と富澤3佐の間に、部員の宮崎さんがいるんだ」
 片桐は、高峰の向かいの空席を指さした。
「宮崎さんて、富澤3佐と同じくらいの年なんだけど、ものすごく面白い人だよ」
 片桐が言う「部員」とは、防衛省の中でも、国家の安全保障政策を担う中枢機関である内部部局、通称「内局」に属する幹部職員、いわゆるキャリア官僚である。制服を着ていないという点では美紗と同じ「文官」であるものの、主に一般事務を担う「事務官」である美紗とは全く立場が異なる。そのエリートが若い1等空尉に「面白い」と評されるとは、相当に異色な人物に違いない。美紗は興味を覚えながら、饅頭を一口ほおばった。
 その瞬間、再び部長室のドアが開いた。
「お前ら本っ当うるさいな。何食ってんだか知らないが、全部聞こえてるんだぞ!」
 イガグリ頭の3等陸佐がずかずかと歩いてきて、饅頭をパクついていた一同の前で仁王立ちになった。一歩遅れて出てきた班長の比留川は、厳めしい顔をした松永の後ろからそっと腕を伸ばして、箱の中のものを一つ取った。太り気味の2等海佐は、体形が示す通りの甘党らしく、手に取った饅頭をにんまりと見つめている。その様子をあっけに取られて見ていた美紗に、最後に部屋から出てきた第1部長が、数枚の紙を手渡した。
「鈴置さん、ちょっとこれ見てもらえる? ある国の出来事を取り上げて、それに関する今後の見通しを書いたものだけど、致命的な欠陥があるんだ。細かい事実関係ではなくて、全体の構成……、というべきかな。何が良くないか分かる?」
 手渡された文書には、「〇〇国における治安政策に関する情勢分析」というタイトルが付き、各ページの右上には、赤く『秘』と印字されていた。
「私が拝見していいのですか?」
 統合情報局より下位の組織に所属する美紗が持つセキュリティ・クリアランス(秘密情報取扱資格)では、原則的に『秘』指定の文書にはアクセスできないことになっていた。