小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

大坂暮らし日月抄

INDEX|57ページ/82ページ|

次のページ前のページ
 

 寝所において、ふたりは初めて顔を合わせ、各々が名乗ることになる。
「旦那様、お床のさんだ、整いましてごじゃりますけ」
 今まで「若様」と呼んでいた梅は、「旦那様」と改めて呼びかけた。
「分かった」
 障子越しの影に返事をした。
 寝所の灯は、幾分か落とされている。正座をして待つ、垂れ髪の女性の姿が影となって、障子に映し出されていた。軽く咳払いをして障子を開けた。
 三つ指ついて低頭し、頭を上げたその顔を見て、晴之丞はハッとした。その顔に、小雪の面影を見たのである。目を閉じ、一歩踏み入って後ろ手に障子を閉めて、再び見た。
 意識を集中させるかのように両頬を叩いて、まじまじと女の顔を見つめる。
「そなた・・・」
 言いかけて、東枕に敷かれた枕頭に、媒酌人である塩見宅共の奥方が座っているのを認めた。驚き、たじろいだ。部屋の周りには、犬の置物。
「おふたり様、こげへ。まぁずは床盃、取ってごせ。水嶋流作法だがんね」
 気恥しさを感じながらも、威厳たっぷりに促す奥方を、拒否などできようはずもない。
 晴之丞は冷酒の入った盃を飲み干し、妻に渡す。そして妻から夫へ。三回盃を渡し終えると、穂長と、三個の青い石が入った盥で手を洗った。
 妻が先に床に入る。晴之丞が次に入るように促されるが、塩見宅共の奥方は、まだそばについている。妻に手を取られ仕方なく入ると、ようやくにして、奥方は出て行った。
 入れ違いに梅が現れた。
「なんだっ」
 晴之丞は跳ね起きた。
「しっかとお見届けせんと。報告することんなっとりますがな」
「もうよい。下がっておれ」
「そげなこと、できまっしぇん。初夜の作法だがん。あちらにおわっしゃる方々が、報告を待っとってやがな」
 晴之丞は胡坐をかいて腕を組み、憮然とした。宴を開くだけの食材が揃わないので、内々の儀式を終えると、すぐに引き上げていった、と思っていた。
 何やら思案していた妻が梅のそばに寄って、何事かを囁いた。梅は、ハハ〜ン、と納得した風情で「そげじゃ」と、部屋を下がった。


 妻は微笑んで前に座った。
「お懐かしゅうございます」と言いながら、頭を下げた。
 気のせいではなく、妻は、やはり小雪であった。目のふちが自然と綻んだ。梅が去ったこともさることながら、小雪が嫁であって、ずっとそばにいることが悦ばしいのである。武士は、感情を表に出してはならぬのが、辛い。
「梅には、なんと?」
「はい。大坂の地で、われらはすでに契りおうた、と」
 勿論はったりであるが、構わぬ。大坂では、それらしい振る舞いは一切なかった。同じ屋根の下に暮らしていた時には、さほどの思いは抱いていなかった。愛しく思われたのは、小雪が突然いなくなってからである。大切なものを失くした喪失感が、日増しに募っていったとゆうことだ。
 小雪ににじり寄って片膝を立てると、手を握り、肩を抱いた。
「会いたかった」
 語り合いたい事柄は山ほどある。が、こうしていると、伊勢で小雪を追いかけた時の欲情が、沸々とわき上がってきていた。酒の力もあるらしい。
「小雪・・・こゆき」
 小雪を優しく押し倒すと、帯紐を解いた。
 露わとなった双丘を愛撫し・・・。
 
 
 酒が回ったのか、身体が火照る。しばらくの間なされるがままに感応していた小雪は、喘ぎ声の合間にも正気にとらわれる。
――知られるよりも早く、自分の口から言っておきたい・・・。
 背中を這っていた晴之丞の手が、止まった。
――ああ、知られてしまった。
 耳から首筋へと、温かい息が吹きかかる。乳首がころがされて、身体の奥から衝き上がってくる高揚。
「まっ て・・・お はなし が・・・はる の」
 口が塞がれた。
――もうよい。なるようになれ。


――伊勢で、何をしていたのだ。何故、嫁となると決めたか。何か、魂胆が・・・いや、そのことは後でよい。

「お前が 愛おし い」
 背中に片手を回して小雪の身体を少し持ち上げると、耳朶から首筋、腋から乳房へと吸いつくようにして口を這わせ、軽く咬んだ。
 背中に回した手の指が、わずかに隆起しているところに触れている。
――これは、刀傷?・・・ああ、あ と だ。

 ・・・・・・。


作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実