小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

公務員に成れなかったコックローチ

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
公務員に成れなかったコックローチ      
                        島中 充
          プロローグ
気が付くと四角い格子の箱に入れられ菫の花に囲まれた駅前広場にいた。衣服を脱ぎ、こげ茶のタイツをはき、海水パンツをはき、広げると蝙蝠のようになるこげ茶色の大きな布を両手に巻き付けていた。びしょ濡れで寒く、白目をむき小刻みに震えていた。若者は周囲を人々に取り囲まれ、指さされ、みんなから笑われていた。地面にへばり付いている巨大な人間の顔を持つコックローチに変身していた。何をしているのだ。一体どうしてこんなことに成ったのか。頭は薄ぼんやりとして、仰向けによだれがひっきりなしに出た。目がきらきらまぶしい。そうだあの社長に貰った脱法ハーブのせいだ。ドラッグのせいに違いない。若者は後ろ足で立ち上がり、まえあしで格子をつかんだ。おもいっきり布をバタバタさせながら顔をくっつけ格子をゆすった。
おれは何をしているのだ。どうして閉じ込められているのだ。子づれの母親が一番前で愉快そうにそれを眺めていた。つないだ手をギュッと握って怖がっている子供に微笑みながら言った。
「勉強しないとあんな風になるのよ。勉強して公務員に成るのよ」
公務員が一番と専門学校のコマーシャルがこの地方では毎日のようにラジオから流れていた。公務員、その言葉で若者は自分がこうしている理由をやっと総て思い出した。そして寒さとドラッグせいで突然こみ上げて来たものがあった。若者は母子の足元におもいきり嘔吐した。

火山灰が雨のようにふりしきるこの地方では公務員になることが一番の良き就職口と思われた。公務員はノルマを課せられ、競争させられることもなく、言い訳だけをしっかり考えておけば、それでやっていける楽な職業だ。五時には帰宅でき、給与が保障される。安楽に生きようとする者にとって一番良い就職先だ。だがその狭き門をほとんどの若者は通ることが出来ない。リーマンショックとそれに続く円高で企業は少子化の日本を見捨て、海外に出て行き、正社員の就職口はどんどんすくなくなった。ソニーが巨額の赤字に苦しみ、シャープは三兆円、パナソニックは八兆円の売上高、日本を支えてきた企業が潰れかけていた。二・五兆円の売り上げだったサンヨーはすでに切り売り解体されてしまった。フリーターと正社員、とんでもない給与の二極化が若者達を襲い、年収二百万以下のワーキングプアが増え、結婚できない若者が増え、ますます少子化になった。そして、地方は補助金と既得権益で金だけを要求し、新しく産業も興らず、ますます疲弊していった。日本の農水産業の総生産は八兆六千億しかなくパナソニックの売り上げとほぼ同じであった。年寄の年金、医療費、補助金で中央政府だけで九百兆の国債を発行し、ひ孫たちが返すことに成る六十年国債発行を財務省は計画した。その上に地方債残高は百四十兆あった。日本はどうしようもなくどん詰まりであった。
――そして、***大学には就活の帰りの夜行バスを転倒させる若者が現れた。何度受けても就職の内定が貰えない。東京や大阪にこの地方から面接に行くと一回五万円以上かかった。落人の五家荘から出て来て、掛け持ちのパートまでしてお金を稼ぎ、大学に行かせてくれたお母さんに申し訳ない、すまない。家族のみんなにすまない。リクルートスーツの学生は今日もダメだったと、百キロで走っている東京から帰る夜行バスのハンドルを運転手からうばい「みんな死ぬんだ。死ぬんだ。」とおもいきり左にハンドルを切り横転させた。十二人が負傷した。幸い死者はなかった。――        
(20**年2月27日の新聞より )
 その後、逮捕されていた学生は心神喪失で不起訴となり、統合失調症で2か月間入院した。
              2
コックローチマンは公務員試験を受けたが受からなかった。倍率は四十倍を超えていた。大阪や東京の企業も全部だめだった。就職先がなかった。しかたなくコックローチと言う殺虫剤をつくるこの地方の冴えない業績の小さな会社に応募した。お金がいるので働かなければならなかった。面接で当社を受けた理由を聞かれ、幼い頃の話をした。「小学三年生の時、友達の家に行くと土間のテーブルのうえに小皿に米粒大のふわふわした桃色のものが二、三十個乗っていた。ゴキブリが食べれば死ぬコックローチと言う薬剤だ。家の奥にいる友達に『あそぼー』と呼びかけながら、土間のテーブルの上に置かれているそれが目に入った。貧しい家庭でお腹が空いていた。甘いものが欲しかった。皿に乗っているのだから食べ物に違いない、お菓子に違いないと思って、急いで掴んで食べた。味はなかった。丁度その時友達が奥から出てきた。慌てて、その場を一目散に逃げた。しかし友達はしっかりと見届けたと見えて、次の日、学校でコックローチを食べていたと言いふらされた。その日からみんなからコックローチとあだ名で呼ばれるようになった。」
社長はこの話がおおいに気に入ったらしかった。勤め先がすぐに決まった。コックローチと言うこの会社ではなく社長のやっている広告宣伝の会社にであった。くまもんのぬいぐるみが流行っていた、同じようにぬいぐるみでコックローチマンに成って宣伝することだった。茶色の羽をつけ茶色のタイツをはき、茶色の海水パンツを身に着け、前のふくらみの上に白色で「害」おしりに大きく「虫」と書かれていた。コンテナほどの大きさの木の格子の箱に入り、子供たちから殺虫剤と書かれている水鉄砲で撃たれるのだ。害と書かれた盛り上がった白い文字を子供たちはことさらねらって撃った。見ている大人たちが喜んでいた。「ヤラレター」と大声をだし、もがき苦しんで死ぬのが仕事であった。しかしこれは昼間の仕事で、本当の仕事はこれではなかった。
「給料は五倍やる、しかし誰にも言うな、内密だぞ。」と社長はゆっくり説明し始めた。
「私は先代の社長に認められ婿養子に入って今の地位にある。社長の娘がかわいかったから養子に入ったのだが、養子とはつらいものだ。思わん苦労がある。いまこの会社は先代の放漫経営で潰れそうなのだ。どんなことをしてもわが社の業績を上げ、立て直さねばならない。そうしないと社員は失業し、私の家族も借金を背負って路頭に迷う。それには一番手っ取り早いのは、町中に、たくさんゴキブリがいて、うちの会社の薬剤が飛ぶように売れることだ。そのために君に家を用意する。その家で君はゴキブリを育て、繁殖させ、夜中に車でそこらじゅうにこっそり撒くのだ。ゴキブリだらけの町にするのだ。すばらしい考えだろう。これを思いついた時、これだと思い飛び上がった。だがこれしかない、やるぞと心を決めるまで大いにためらった。神社に行き、天照大御神に何度も祈ってやっと心を決めた。同じことをして大儲けしている奴はほかにも沢山いる。戦争を画策する武器商人、利益をねらって予算を組む役人、インサイダーで大儲け。役人や為政者は自分たちに都合のよい法律ばかり作っているではないか。やるしかない、そうだ私にも神風が吹いたって良い。神国日本の神風だ。毎日拝んでいるではないか。おお儲けが出来るぞ。」