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蒼き旗に誓うは我が運命

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 「当然だ。いきなり現れて、公爵家を継いで欲しいと云われればな。俺が公爵になどなればどうなるか、理解そうなものを」
 「ですが、旦那様…いえ、ジェフリー様は私の頼みを聞いて下さいました」
 「殆ど家に寄り付かない男だぞ?俺は」
 「お仕事でございますれば」
 さすがジェフリーに仕えるだけあって、負けていない。
 ジェフリーの言った言葉は、決して嫌味ではない。彼は邸に帰ってきても、殆ど船の上にいるからだ。船の上が、落ち着くらしい。
 「何か変わった事は?」
 「ついさきほど、ベイリー商会の方がお見えになりました。おいで頂きたいとの事でございます」
 ウォルト・ベイリーは、別名《海賊商人》と呼ばれている。その名の通り以前は私掠船に乗っていたがそれは十年前までの事。現在は、イベリアを裏で支える交易商だが、ソルヴェールにとってもベイリー商会は大事な取引相手である。持ちつ持たれつ―――、この国で彼と何らかの事で繋がっている人間は少なくはないだろう。
 ジェフリーは公爵と言う身分上、自ら仕事をしなくても暮らしていけるが、地にじっとしているのが好きではない。十で早くも海に出て、実戦さながらの剣の腕を磨いた男は、船の上が落ち着くと言う。しかも、ソルヴェールの惣領ともなった彼は何気に忙しい。案の定、帰ってきた途端仕事の依頼である。
 イベリア王国は、隣国エトルリアと並ぶ屈指の海洋国家である。イベリア建国王ジョージ一世が一早く覇を唱えて数百年、まさに海洋国らしい景観を王都サン・ペテルブルクが現している。王都を縦横に走る運河(カナーレ)、それらはイベリア玄関港プレサワールへ繋がる。人々の足はゴンドラが主だが、道がないわけではなく馬車を使う者もいる。
 その運河(カナーレ)沿いに並ぶ建物は交易商人のものが殆どで、ウォルト・ベイリーの営むベイリー商会の商館も勿論運河の近くに位置していた。
 煉瓦造りの壁に蔦が這い、入り口の金属プレートに『ベイリー商会』と刻まれている。
 主の机は書籍や書類の山で、その中から重要メモを探すのに一時間は覚悟しなければならない。お陰で手伝いと雇った者は三日で辞めて行く。
 「そろそろ、来るかな」
 「誰かいらっしゃるんですか?」
 「ほら、来た」
 扉を叩く音に、商館主ウォルト・ベイリーがニヤッと嗤う。
 「―――あの…」
 扉を開けて数秒、少年はどう反応していいのか困っていた。商売柄いろんな客が来るが、ここまで悩ませる客はいない。
 質素な上着に腰まで伸びた金髪、貴族にしては派手さはなく胸元のクラヴァットもレースなど装飾はない。更に靴は、膝下丈のブーツ。
 「ここの主に呼ばれて来たんだが?」
 「ベイリー会長に…?」
 「―――その方は、怪しい方ではないよ。カイン」
 奥からかかった声に、扉を開けたカイン・ダルトンは警戒を解いた。
 「お待ちしていました、ジェフリー・ラ・リカルド・フォンティーラ公爵」
 「…その名で呼ぶなと言わなかったか?」
 「間違ってはいないでしょう?フルネームも言いましょうか?」
 「時間の無駄だ。人をからかうのが趣味なのか?お前は。ウォルト・ベイリー」
 ジェフリーは自分の名前ながら、嫌そうに眉を寄せウォルト・ベイリーを睨んだ。正式名は、更に長く、確かに時間の無駄だ。
 そんなジェフリーの視線は、扉を開けた少年に流れた。『公爵』と云う男の身分に、容姿と口調が合っていないと、唖然とした顔だ。
 「用なら早くしてくれ。帰って来たばかりだぞ」
 そんな彼(ウォルト)の依頼内容は、ジェフリーの予想に反した。
 「人捜し―――?」
 「言っておきますが、冗談ではありませんよ。至って真面目な依頼です」
 「頼む相手を、間違っていないか?」
 「役人が役に立たないから、お願いしているんです。この国は上流階級に甘く、下の者には厳しい。ああ、貴方は別ですが」
 「改めて言うな。それ以上言うと、嫌味だぞ」
 「探して欲しいのは―――」
 そう区切った所で、ジェフリーを見て応対に苦慮したカインが、ジェフリーの前にティーカップを置いた。年の頃は十代後半、人懐っこい笑顔がよく似合う少年である。
 「探して欲しいのは、彼の父親です。名前は、アロー・ダルトン。うちの交易商人ですが、一月半前海で行方不明になりました。役人は、自分でいなくなったのだろうと。ですが、彼は仕事を放り出していなくなる男ではありません。昔、私掠船に乗っていた私が言うのも変ですが」
 「お前なぁ、海がどれだけ広いか忘れていないか?」
 「では、ある情報を教えましょうか?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ウォルト・ベイリーはある人物の名を口にした。
 「―――お前、その男の後ろに誰がいるか知ってて云っているか?」
 「ええ。役人は益々当てになりませんね」
 「やばい積み荷でも依頼されたのか?」
 「いいえ、彼の積み荷は国産小麦と、ワイン、織物です。行く先はイベリア領リオン。三日もあれば往復できる場所です」
 「おかしくないか?そこに何故その男が出てくる」
 「強いて云えば、幽霊を見た」
 「お前なぁ…」
 「彼(アロー)のじゃありませんよ。港で、彼は幽霊を見たと云っていたんですよ。フィリップ・ギスカール伯爵がよく雇う商船で」
 この時ジェフリーは、重大な陰謀へ繋がるとは思っていなかった。近くまでパンを買いに行くと言うカインと、船着き場まで向かうその時までは。
 「―――お前、奴らと知り合いか?」
 足を止めてそう言うジェフリーに、カインも気がついた。覆面姿の男たちが周りを取り囲み、剣を向けているのを。
 「いえ…」
 「となると俺となるが、心当たりが多すぎて理解らん。何処の何者だ?」
 「…そこをどけ!」
 「どうやら、狙いはお前のようだな?カイン」
 理由は、カインにも理解らない。彼はごく普通の、交易商人の息子である。恨まれる覚えも、命を狙われる覚えもない。
 「どうして…」
 「恐らく、お前の父親だな」
 アロー・ダルトンはプリウスへ向かう前、港である人間を二人目撃したという。一人はアロー・ダルトンも一度は顔を見た事がある貴族だったが、どうやらその貴族にとっては見られては拙かったらしい。それは、アロー・ダルトンが見たと云う幽霊と関係があるのか。ウォルト・ベイリーは、こう言う胡散臭い話には敏感だった。昔私掠船に乗り結構危険な仕事はしてきた。今は商館の主となり危険な仕事は避けているが、自分の所の商人が巻き込まれたとなると話は別だ。
 つまり、彼はジェフリーにアロー・ダルトンの捜索と供に、事件の真実を調べて欲しいと依頼してきたのである。
 
 「もしかしたら、貴方に危険が及ぶかも知れません」
「だが、お前はどうしてもやれっと云うのだろう?」
 「こう言う手の話、貴方もお好きでしょう?」
 「別に好きじゃないさ。腐った上の人間は嫌いだがな」
 「私もですよ公爵。いえ、キャプテン・リカルド」

 刺客の男が剣を抜く音が聞こえた。
 「構わん!!二人とも始末するのだ!」
 カインの父親は、何かの陰謀に巻き込まれた。この国の貴族が関わり、息子の命まで狙おうとするほどの。
 「カイン、飛び乗れっ!」