小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

出雲古謡 ~少年王と小人神~  第四章 「諏訪の科津神」

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 高天原における最高神の一人でありながら、彼女は、他の神々と交わることをあまり好まなかった。めったに外に姿を現わさぬ神魂神は、宮内においてさえ、自らに仕える祝(はぶり)たちに構われるのをも厭った。
 神魂神はいつも、ひとりで奥殿にこもっている。今日もまた、綿のような雲の褥の上に座し、静かに瞳を閉じていた。
 瞑想している時もある--そして寝ている時もある。
 宇宙の始まりに出現した神魂神にとって、時は無限の連鎖だった。過去も未来も超越して存在する--彼女にしてみれば、今この高天原で絶対の権威を振るっている天照でさえ、ついこの間生まれた雛のようなものでしかなかった。

 --ふと、神魂神は目を開ける。
 きよらかな静寂が、ある雑音によって破られたのだ。
『助けてくれいーー御先の尊ーー!!』
 声は、下界から雲を抜けて神魂神の耳へ届いた。泣きわめくその声は、確かに彼女の生成した子供--千以上も生んだ中で、もっとも小さな子供の声だった。
 神魂神は神眼を凝らす。悲嘆にくれる少彦名の横で、彼の義兄となった少年がうち伏していた。
「……やれやれ。なんともまあ、地上の生き物とはか弱いこと……」
 神魂神はため息をつく。その時、彼女の背後に一つの気配が出現した。
「--だが、ここで奴に死なれては困るだろう? ……あんただって。高御産巣日神とのこともあるんだ……」
 神魂神の背後に出現したのは、頭からすっぽりと襲(おすい)をかぶった少年だった。振り向くこともなく、神魂神には「それ」が何であるのか、明確に認識できた。    
 それは、「均衡」のために必要な存在だ。神魂神にとって‥…そして、他の誰にとっても。

「随分たやすく結界を越えられるようになったものだな」
 前を向いたまま、神魂神は言った。
「そんなに力をつけたわけじゃないさ。……ただ、『いいもの』を拾ったんでね」
 言うと、襲の少年は懐から緑の葉をつけた小さな小枝--「常磐木(ときわぎ)」を取り出した。
「あの『馬鹿』のおかげさ。天照が知ったら、悔しがると思うかい?」
「……さして動揺することもあるまいよ。あの男は」
「それは残念。……まあ、そういうことでね」
 常磐木を仕舞い、少年は襲の奥でククッと笑う。
「--御諸(みもろ)」
 神魂神は少年の名--正確には、名の一つを呼んだ。
「俺が行ってやるよ」
「……」
「俺が行くしかないだろう? また、あいつに会うのも楽しいさ……」
 軽快な笑い声を残し、少年は出現したときと同じ唐突さで姿を消した。
「--」
 雲の上に座したまま、神魂神は無言で眼を閉じる。
 突然の来訪者によってかき乱された気は、再び静かに静かに清められていった。
 心地よい静寂が満ちる。穏やかな気に心を浮かしながら、神魂神はまたひとり、深い思索に浸っていった。


※※※※


 ……暗い暗い、道が続いている。
 果てしなく続く無明の闇の中を、志貴彦は一人歩いていた。
 この長い道が、どこまで繋がっているのか、志貴彦には見当もつかない。ただ、もう随分と長いこと歩いて来たのは確かだった。
 逆上した土地神に斬られたところまでは覚えている。そして、気がつくと一人でこの道を歩いていた。
 冷たく、暗い道。剥き出しの素足が踏む土は、時々湿って濡れていた。
 時折、上から水滴が降ってくる。見上げても、そこに見えるのはただ闇ばかりで、何があるのかまるで分かりはしなかった。
(……やっぱり、これが黄泉路ってやつなのかなあ)
 様々な条件を考え合わせると、やはりその考えが妥当なようだった。なにしろ、自分は斬られてしまったわけだし。この光景にしても、幼い頃から何度か古老に脅された「黄泉路」の話によく似ている。

「……死んだのかあ……」
 闇の中に、志貴彦の抑揚のない声が響いた。
 不思議と、あまり恐怖や悲しみといったものは感じなかった。--ただ、この道が一体どこまで続くのか。いつまで自分は歩き続けねばならないのか。それを考えると、やや気分がめいってくるのだった。
 時間の感覚も狂い、疲労も感じぬまま、志貴彦は歩き続けた。
 どれくらい闇の中を歩いただろう。やがて、志貴彦の前に巨大な岩戸が現れた。
「岩の……扉……」
 志貴彦は呟いた。順当に考えれば、自分はこの岩戸を開けなければならないのだろう。
 志貴彦は素直に岩戸に手をかけた。
 --その時。
「その手を離せ」
 不意に、背後から声がかかった。
 驚いて、志貴彦は振り替える。
 ただ闇ばかりが続いていたはずの道に、仄かな明かりが出現していた。明かりに取り巻かれているのは、頭からすっぽりと襲を被った少年--そう、以前高床倉庫に現れた……。
「幸魂奇魂!?」
 志貴彦は眼を丸くして叫んだ。
「よう。また会ったな」
 表情を隠したまま、幸魂奇魂は襲の奥で楽しそうに笑った。
「君なんでここに……君も死んだの?」
「いや、死んじゃいない。俺も--おまえも、な」
「死んでいない? 僕が? でも、ここは黄泉路じゃ……」
 志貴彦は辺りを見回しながら、怪訝そうに言った。
「確かに黄泉路だ。だが、まだ戻れる。迎えに来たんだ。……戻ろうぜ、志貴彦」
 幸魂奇魂は、志貴彦に向かって手を差し出した。
「……おかしな奴だなあ、君は」
 差し出された手を見つめながら、志貴彦は困ったように呟いた。
「前は僕に逃げろと言って。今度は、戻ろうと誘う。……一体、君は何なんだ? さきたまみま--」
 幸魂奇魂、と言おうとして、志貴彦は舌をかんだ。まったく、ややこしい呼び名だ。
「言いにくいか。じゃあ、もう一つ別の名前を教えてやるよ。御諸っていうんだ」
 志貴彦の様子を見ながら、御諸は笑って告げた。
「--御諸。確かに、こっちのほうが随分言いやすいよ。なんで、いくつも名前があるのさ?」
「ふん。おまえだって、そのうち幾つもの名を持つようになるんだぜ」
「え?」
「まあいいさ。先の話さ。それより、さっさといこうぜ。あまり長居してると、本当に戻れなくなる」
 手を差し出したまま、御諸は志貴彦を急かした。
「ああ、でも……戻っても、あいつがいるんだ。なんか、怒りっぽい土地神。またあいつに斬られちゃうかも」
「馬鹿だな、お前。何の為にそいつを持ってるんだよ」
 御諸は、志貴彦の首に巻き付いたままの領巾を指さした。
「これ? この領巾? ……確かに不思議な領巾だけど、回すとただ稲がこぼれ落ちてくるだけだよ?」
「--それは、お前が何も使い方をわかってねーからだよ」
 いうと、御諸はからかうように喉を鳴らした。
「ちょっと前の話さ。馬鹿な天津神がいてな。天と地の間でつんのめって、高天原の至宝をばらまいちまった。宝は世界のあらゆる場所に飛んでいった。--その領巾は、その中の一つ。『品物比礼』さ」
「くさぐさのもののひれ?」
 志貴彦は、慣れぬ口調で御諸の言葉を繰り返した。
「この世の全てを御する物、ってことさ」
「……って、言われてもなあ」
 志貴彦は頭をひねる。なんだか凄そうな気はするが、あまりにも漠然としすぎていて、よく理解出来なかった。
「まあ使い方は、必要な時に『教えてやる』よ。--おい、それよりさっさといくぞ。本気で時間がやばい」