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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 下(4/4)

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つづいていくもの


  
 中庭のベンチでは、また恒例の弁当交換会が開かれていた。 

「うおお、今日の大甘堂は、三重の塔か!」
「もう、運動会のお弁当みたいだね」
「あはは、復活記念だって…みんなたべてよー…」
「むしろ、四人でも食べきれるか心配だね…」
「食費浮くー♪」
「こら、エビフライばっかりとるな」
「うみゃー、うみゃー」
「あっちゃん、手づかみはお行儀悪いよ」

 そしてしばらく時間が過ぎた時だった。

「あれ、祇居君だ」

 最初に気づいたのは蜜柑だった。
 祇居はやけに緊張したような面持ちで、ベンチに座る四人組の方へ近づいてくる。正確には、一番右端に座っている――

「月待さん」
「――」

 日向は、箸を咥えたまま黙り込んだ。
 それから、顔を赤くしたり青くしたりした。冷や汗をかいているようにも見えたし、暑いようにも見えた。その内なる葛藤をこらえつつ、なんとか返事をする。

「み、水凪祇居」
「?」 
「右向け右」

 祇居は、ぽかんとした。
 日向は顔を上げて、いっそう真剣に言った。

「左向け、ひだり!」

 箸を使ってまで、その方向を示す。
 ベンチの三人も、驚いて固まったまま、日向を見る。

「はあ? 君、熱でもあるの」

 祇居が何気なく、その手を日向の額に当てる。

「ひうっ!」

 日向は感電した猫のように全身を震わせた。

「あ、ああああ」

 そして壊れたロボットのように話し始める。

「あのさ、祇居。わたし、なにかあんたに良いものあげたっけ?」
「良いもの?」

 祇居は眉根を寄せた。

「うん! これ貰ったら言うこと聞いてあげてもいいかな、みたいな!」

 日向は何故か、必死だった。

「無いよ」

 祇居の返事はあくまでそっけない。

「あ、あー…うー………………………」

 日向は驚いたような顔をした後、それからまたはっと口に手を当てたり、怯えたように祇居を見、そのままだんだん顔を真っ赤にして、

「帰る!」

 電光石火の早業で弁当を包み直すと、いきなり立ち上がった。

「ひなちゃん?」
「ちょ、おま」
「月待さん? それより、凛と会う日を…」

 立ち去ろうとする日向を祇居が追いかけようとした時、

「ちょぉっと待ったぁ」

 晶がいきなりその肘を後ろから掴んだ。

「水凪さんよ。君みたいなモテ男がああいう世にも稀なタイプに惹かれやすいのは分からんでもない。しかし、しかしだ。世の中は需要と供給でなりたっているのであり」
「あっちゃん長いよ。ひなちゃん行っちゃうよ」
「つまりだ、ひなちゃんのタイプは、『いざという時に受け止めてくれる男』なんだ! どうだ分かったか!」

「いざというときに、受け止めてくれる男…」
「そうだ!」

 祇居は顎に手を当てて俯いたが、やがてはっと息を飲んで目を輝かせた。

「わかったよ!」
「そうか分かったなら当たって砕けて来い若人よ! お礼は後でいい、次回も我々を通すように!」

 晶と手を固く握り合ってから、日向を追いかけていく祇居。その後ろ姿を見ながら、法子が首を傾げて唸った。

「うーん」
「どしたの?」

 蜜柑が訊く。

「祇居君もなんだか、天然なところがある人な気がして」
「そうかな?」

 祇居が日向に追い付きかけた所で、予鈴が鳴った。

 ――ぴっちゃん…。ころころころ…。

 その瞬間、見たこともない誰かの記憶が、蜜柑の中にフラッシュバックした。

 その中で自分は、炎に包まれていた。
 火葬される人のように横たわり、視界の端で、焼けて赤い欠片になり、立ち上っていく自分の体を見ていた。
(ちがう、これは誰かの…記憶?)
 もう痛さは忘れていた。ただ、青空の美しさだけを夢見、その青空の下に広がっているであろう生活だけを夢見ていた。
 そのだれかは、安らかな気持ちで、それでも精一杯のせつなさを込めて呟いた。
「わたし、できるなら、日の下をあの人と歩きたい。このわたしじゃなくてもいい。そのためになら、何度でも生まれ変わる。わたしが出来ないなら、わたしの娘が。わたしの娘が出来ないなら、わたしの孫が。必ず、あの人に巡り合う。わたしはその時、あの人と同じ髪の色をして、傘をさす事無しに、隣を歩くの。すべての罰を償って、すべての義務を果たしたら、わたし、きっとそうする」
 火口の、丸く切り取られた空に、煙が上っていた。

「みかんちゃん? どうしたの、泣いてるの」

 気づくと、火口だった円い空は、本棟中庭の円い吹き抜けになっていた。
 頬に伝う温かさに気づいたとき、次から次へと涙がこぼれ始める。
 蜜柑は何度も頬を拭ったが、そのたびにこぼれてしまう。
 その涙の先に、日向の二人がいる。

「月待さん!」

 やっと隣に並んだ瞬間、祇居が日向の手首を取った。

「う、きゃあああああああ!」

 顔に火がついたように、としか表現のできない日向の反応だった。

「なんで、いきなりまた避けるんだよ! わけわかないよ」
「わけわかんないのはこっちだ! ばか、ついてくるな!」

 日向は祇居の手を振り切ると、また早歩きになって校舎に入っていく。

「そんな、今度こそ、君を家に連れて行かないと…」
「いいいいいい、家に連れて帰るッ! 信じられないやつだ! まだお互いに、ててて手も握ってないのに!」

 日向の頭はぐるぐると回っていた。
 地球がぐるぐる回っていた。
 太陽がぐるぐる、月がくるりくるり、東から西へ。
 今日も、明日も、きっと明後日も。

(どうしよう? 『二人乗り』の頁は、『失敗』の判子に二重線を引いて…す、『済み』? ――ああ、そんなこともう知らんっ!)

「ああ、もう」

 日向は上を向いて、良く通る声で叫んだ。

「なんなのよ、これーっ?!」

 その声は中庭から、空まで届いた。