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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 下(1/4)

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誤解



 四時。

 日向は、その日の前進を蜜柑に見せようとスケッチブックを抱えたまま自転車置き場に現れた。

「あれ」

 だが、予想と異なって蜜柑はまだいなかった。
 代わりに居たのは、制服を着崩し、髪を逆立てた彼女と同じ中学の――

「熊崎じゃない。何やってんのこんなとこで」
「お、委員長」

 熊崎は俯いていた顔を上げると、にか、と歯を見せて笑った。
 年下かとおもうような無邪気な笑顔だった。

(みかんちゃんと同じような笑顔もってるな、こいつ。)

「やっぱええなあ、お前」

 熊崎はそのまま笑顔で続けたが、日向は一歩後ずさった。

「はあ? いきなりナンパ? 頭入ってる?」
「あ、あほんだらおまえ、なにゆうてんねん!」

 顔を赤くして怒り出すあたり、やはり外見程尖った性格ではないらしい。

「お前のその壁の無さがええなあ、ってゆったんや! だれがおまえみたいなちんちくりんナンパするか! 和家でも行くわ!」
「――ち?」

 この野郎、どうやり返してやろうかと日向が力んだ時、不意に、熊崎が向かい合っていた自転車が良く見知ったものであることに気付いた。

「へえ、じゃあみかんちゃんナンパしようとしたんだ。だよねえ。わたしより背高いし胸も大きいし」
「あ? なんでそこでみかんが出てく」

 そこまで言って、自分がその緑の自転車に触れる程近くに居た事に気付いたらしい。

「っ――」

 絶句してため息を吐くと、一歩離れた。

「語るに落ちたわね、お笑い芸人」
「じゃかあしわ!」

 数秒、間の悪い沈黙が続く。

「までも、そうやな。ありがとうって言っとくわ」
「はあ?」

 こんどは何言いだすんだこの男は。

「お前なあ、あからさまに人をおかしい人扱いするような目で見るなや…。みかんと仲良うしてくれて、ありがとさんって言ってるんや」
「は? なんであんたに御礼言われなきゃいけないのよ」
「あれ? きいてへんか? 俺あいつの近所の――」

 そこまで云って、また熊崎は何かに気付いて言葉を停めた。
 それから、右手で髪を掻きむしる。

「おーい? 入ってますかー」

 日向が近づいて声を掛けるが、熊崎は反撃もせず、突然ひきつった笑いを漏らした。

「そら、そうやわ。云うはずないわな。俺なんかのこと」

 その雰囲気に何か重大なものを感じて、日向は口調をあらためた。

「…どういうこと?」
「…どういうことでもあらへん。あいつが話してないんやったら、べつにええ」

 言って熊崎は去ろうとする。
 日向は、咄嗟にその手首をつかんだ。

「はなせや」
「放すか。あんたが話しなさいよ!」

 二人は一瞬黙ったまま、睨み合った。

「…あいつな、いわれへんけどな。つらいことがあったんやで」

 熊崎は降参し、目を和らげて言った。

「中学でな。できれば、そこんとこ考えてつきあったってや。俺それができひんかったから。でな…」

 熊崎は目を泳がせたが、もう一度正面から日向を見つめた。

「それだけや。これ以上云われへん。俺からお前、この話聞いたって蜜柑にばらすなよ。殺すぞ」
「な、なによそれ…!」

 日向は気圧されまいと、相手の手だけを強く握った。

  *

 四時を十分過ぎていた。
 蜜柑は鞄を両手で抱えたまま、駆け足で自転車置き場に向かっていた。

(まいったなあ…。ひなちゃん、怒ってるかなあ。)

 そう心の中で呟いたとき、ふと鞄の中のパンのことを思い出した。
 例によって、あんこパンマンの顔が二つである。
 また父親が「ともだちと食えよ」と作ってくれたのだが、晶と法子の分が無く、昼食では出せなかったのだ。

(そうだ、これで遅刻許してもらおうっと。)

 日向がパンをうれしそうに食べてくれる光景を思い描いて、蜜柑の胸にすこしだけ光が射した。

 そうだ、あの子の傍に居れば。 
 それでもひなたちゃんの傍に居れば。
 あったかいから――

「ねえ、あんたの話きかせてよ。じゃないとはなさないから」
「なんやて…はぁ…しゃあないなあ」

 その角を曲がり切る前に、よく知った二つの声が、今までに無い組み合わせで聞こえてきた。

(あれ?)

  *

(こいつなら、蜜柑を救ってくれるかもしれへんな。)

 健吾は日向の真剣な瞳を見て、微笑んだ。
 その微笑みを見て、日向も思わず頬が緩む。 

「はぁ…しゃあないなあ」

 たっ、と誰かがその時、駆け寄ってきた足音が停まった。

「健吾君?」

 蜜柑だった。

  *

 組み合わせは、思った通りで、間違えようが無かった。

「健吾君?」

 あれ?
 なんで健吾君とひなちゃんがおそろで居るの?
 えっと、健吾君にもそのうち、ちゃんとお話ししなくちゃって思ってたからここにいるの?

(そうじゃなくて。)

 なんで二人っきりでここにいるの?
 なんで手を繋いで笑い合ってるの?

(はなし、ってなに?)

「み、みかん!」
「みかんちゃん!」

 どうして手、放すの?
 どうして、そのまま何も言わないの?

(あれ?)

 わたしのこころに、まだ傷つく場所ってあったんだ。

(…だめだなあ、わたし。)

 ひなちゃん可愛いし。
 健吾君、元気な女の子が好きっていってたもん。
 ぴったりだよね。

「…ご」

 蜜柑は、始めは掠れた声で、

「ごめんね!」

 次は元気な声で言った。

 蜜柑が微笑んだように見えたので、日向も健吾も安堵のため息を吐いた。

(聞こえ取らんかったみたいなやな。)
(聞こえてなかったみたいね。)

「よおみかん! お疲れさん」
「みかんちゃん、待ってたよ!」

 声を掛ける二人に、蜜柑が駆寄る。

「ごめんねー。先輩に用事いいつけられちゃって」
「ううん、全然だいじょうぶ! あ、さっき熊崎から聞いたんだけどさ、二人、近所なの?」
「うん。まあね」
「おう、幼馴染やで。昔よく――」
「あ、でもそんな仲良いとかじゃ全然ないから」

 手を振って云う蜜柑に対し、健吾が地味に傷ついた顔をするのを、日向は見てとった。

(ほうほう。つまりそういうことか。)

 内心面白くなり、掘り下げようと含み笑いをしつつ言った。

「えー、でも、幼馴染でしょ」
「あのさ、それでね日向ちゃん。まだその用事終わってないんだ。だから、先に帰ってくれないかな」

 日向は一瞬、相手の言った事が分からなかった。

「え?」
「だからさ、部活の用事がね? あるから? 先に帰ってくれないかなって」
「…よ、用事ってなに? 手伝うよ」

(日向ちゃんって言った。ひなちゃんじゃなくて。)

 日向は嫌な予感がした。

 この、友達と自分の間に透明な壁が一つできてしまったような感覚を、自分は知っている――。

「なんでもない用事だよ――それに、本を読まないあなたがきても、たのしくないんじゃないかな」
「あ、あなたって」

 みかんちゃん、どうして。

「うん、ほんと大丈夫だから、健吾君と帰ってよ」
「手伝うよ、わたしみかんちゃんと一緒に」
「帰ってよ!」

 怒鳴られた日向は、一気に萎んだ。

「わ…わかった。帰る」