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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 下(1/4)

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会談



 そのコートの男がグラウンドの脇に立ったのにもかかわらず、生徒たちは誰一人として活動を、止めそちらを見ようとしなかった。
 男の方も、生徒たちなど存在しない様に、生徒たちは、男など存在しない様に、交わることなく動いている。
 男は丁度目の前を晶が走りすぎるのを見過ごすと、そのままトラックを踏み越えて、砂地となっているままの地面に手を当てた。

 久しぶりの砂の感触に、彼は思わず故郷を思い出し喉が詰まる。
 この国に着いてからこれまで、黒い石か、そうでなければ水、草、樹で覆われた土地が続いていたが、この敷地一体には十分な砂がある様だった。
 しかもそれが、自分の目指すものの脇に用意してある。

(主がやれと云っている。)

 彼は呪(しゅ)を念じた。

 身体の周りの砂が浮き上がる。試しに、白い円塔の頂上に向かって巻き上げてみる。問題ない。
 目指す聖石は、あの円形の白い塔の中。ほぼ間違いなく内部には警戒が敷かれているだろうが、ここの砂を使えば――

「?!」

 突然背後から大きな咢(あぎと)が迫ってくるような気配がして、彼は立ち上がった。
 神(ジン)の気配だった。

(危ない所だった。)

 後ろを振り返っても、運動している若者たちだけである事を確かめて、安堵のため息をつく。
 自分がこれだけ近づいても襲ってこないということは、ここの石を守護している者ではないのかもしれない。

(だからといってこれは、無視していい力の持ち主ではない。)

 花の道で意識をはっきりと取り戻して以来、彼は良く街を見ながらここまで来た。
 半農半工、土と水の豊かな土地だった。
 人心は穏やかで、自然の気が良く循環している。

 何より驚くべきことは、武器や兵器の類が全く無いと言っていいことだ。
 自分の村も平和であったはずだが、それでも家を守る男たちは最低限の武装をしていた。
 ここでは、街角に立っている衛兵が腰に下げている小さな拳銃きりである。
 人間は三日後に飲む水が無いと分かれば他人を殺してでも水場を守る。
 その手の歴史がこれでもかと反復すれば、武力への依存が泥沼に変わるのは容易だ。
 故に砂漠の民には平安の使徒が遣わされたのだが、ここには、水という観点だけで見れば、その必要が無い。

(厄介な。)

 それだけ自然に守られてきたということがである。
 健やかな土地が古びれば、神(ジン)が好んで住み着くからである。

 彼は、また空を見上げるようにして鼻を利かせると、力の匂いの主を見つけようとした。

  *

 本棟の東、理研棟と劇場の間に、温室がある。

 華道部、農業部、造園部が共同管理しているガラス張りの建築で、部員以外の生徒の立入は制限されていた。
 祇居は放課後、部活動見学の締めくくりにこの温室を訪れた。
 ドアを三度ノックすると、

「失礼します」

 小さく会釈をしながら入って行く。
 蜜蜂が舞っていないのが不思議な程の春の香りが、充満していた。
 床と、机とに様々な苗や鉢植えが、所狭しと並べられている。

「あれ…」

 祇居は生徒の姿を探して左右を見渡したが、人気は無い。

「今日は、農業部と造園部は野外実習、華道部は和室での活動となっています」

 仕切の分けられたスペースの奥から、上月牡丹が現れた。

「学園長」
「ごめんなさいね。ドアのはり紙をちょっとはがさせてもらいました。」

 祇居は、珍しく不満そうな表情を露骨にした。

「僕には監視でもつけられているんですか?」
「とんでもありません…貴方がこれまで見学に行った部活動の顧問に、少し話を聞いていただけです」
「気に掛けて頂いて、ありがとうございます」

 学園長は白い手で机を触りつつ、ゆっくりと祇居に近づいてきた。

「貴方に伝えたいことがあったんです。本当は、入学式の前に」
「その節は、申し訳ありませんでした」
「いいえ、いいんです。本当に」

 学園長は愉しそうに微笑むと、脇にある花に顔を近づけた。

「伝えたいことは二つです」
「はい」

 祇居は、正面から向き合った。

「先ず、あなたがこの学園に入ったのは、あなたが水凪家の当主であることとは、何の関係もありません。貴方は資格を持って受験し、合格ラインを遥かに上回る成績を出した。この学園に入ってくれて、嬉しく思っています」
「ありがとうございます」

 祇居は頭を下げた。 

「二点目に――この学校には、要石(かなめいし)がございます」

 祇居は、我が耳を疑った。
 それから、戸口を振り返る。

「人払いは問題ございません」

 祇居は何かを思いあぐねていたが、疑問を解消する事を優先した。

「本当ですか」
「ご存じないのも無理ありません。自然物ではなく、地脈に通じておりませんから」

 学園長の言葉遣いはいつの間にか変化していた。
 祇居は、二点目が学園長と生徒の会話ではない事を知った。

「ではあなたは、その要石守護の任をも負っているのですね」
「はい」

 学園長は静かに頷いた。

「学園運営者全員が大和の関係者なのですか」
「一部です」
「…どのような要石ですか」
「畏れながら警備上、産土様であっても詳しくは申し上げられません」
「自然物でない、ということは、誰かの遺物なのですね」
「千年以上も前にこの世を去った、マレウドの女性のものと推定されています」

 そう言う学園長の声には、何処か懐かしげな響きがあった。
 祇居は力強く頷いた。

「…分かりました。要石があること自体は土地に取って何よりです。僕は、手出ししません」
「ありがとうございます。さしでがましうございますが、学園側も、あなた様については決して口外は致しません」

 頭を下げられ、祇居も慌てて頭を下げる。

「学園長、ぼくに何か出来る事があれば云って下さい」
「…水凪さんは、自由に、学園生活を送ってください」

 学園長は口調を戻してそう云うと、静かに温室を去って行った。