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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 上(5/5)

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☽ 古の月(齢不明) 三

 

 安宅船(あたけぶね)一艘に関船(せきぶね)四艘。

 多くも無い数だが、装備は万全だった。

(だが肝の細いことよ)

 内一艘の安宅船は今、荒海に渦を作りながら真っ二つに折れて沈んでいる。
 不意に、水の奥から数条の断末魔が聞こえてきた。だが彼が動く前に、直ぐ舳先と共に飲み込まれていった。

「あの公達(きんだち)、はかりこった」

 雨に遮られた波の彼方を見遣る。
 母船を叩き折る前に、細い船体の早舟どもが巻き込まれぬよう余裕を与えてやったのが間違いだった。
 大方、もののけを初めて見た恐怖のあまり、立場の弱いものには説明もせず船倉に押し込めたまま、明け渡すと口走ったのだろう。
 金で命を懸けさせ、いざとなれば見捨てる類。尻に帆掛けてとは良く云ったものだ。

(追って捉えるか。)

 思ったが、一度逃がすと言った約束を違えるのも神らしくない。
 まあいい。
 あの手の痴れ者は無事に返せば必ず見栄を張るだろう。龍を捕えるということ自体がそもそもの間違いであるなどと言いふらし、己に対し無能や失敗を見る世間の認識こそが誤りであると、権勢を盾に何処までも欺瞞を貫くのに違いなかった。

(なればかえって心安い。)

 渦が収まりかけた所で、彼は首をめぐらせて背を向けようとした。

「まってくれ」

 暗天、雷は遠く鳴りをひそめているが、雨は強く降っている。
 その海の上に若者が一人、もろ肌を脱いで立っている。

「小僧、今ものを申したか」

 見れば足元に奇妙な円い木枠を浮かべている。
 腰の後ろにも、その木枠を二つ。帯に刺す太刀は、構えているものを含めて四本――。

「申した。我欲するは、先ほど我があるじ大納言が申した通り、貴殿が顎の下にある、その光る五色の玉である」

 黒髪を、鳥の長尾の様に頭の後ろでくいしばっている、二十歳ばかりの丈夫。

「下人よ。その主人は逃げ帰ったではないか」
「わたしが欲しい」

 言うと、若者は円い木枠を一つ、また一つとこちらに投げてよこした。そして、太刀をまた構え直す。

「ク――」

 思わず笑いがこみあげていた。
 先ほど武者たちを立ち並べて一斉攻撃を仕掛けて尚傷一つ付けられなかった相手に、青二才が何をいうかと思えば!

「ハハ、フハハハハハハ」

 一しきり嘲笑したあと、付け加えた。

「愉快だ――許す故、もう、去ね」
「そうか」

 若者は、笑われながらも腰に在った太刀を一本ずつ鞘払い、浮き輪の上に刺して行った。
 雨を吸い重くなった衣を脱ぎ捨てると、その見事な肉体には既に最低限ながら具足がつけられている。
 一連の動きには迷いが無く、常にこちらを覗っている黒い瞳が、鋭く底光りしていた。

「――」

 その姿に、奇妙なものを感じた。
 かつて自分の姿を見れば、どのようなもののふでも縮み上がった。

(それが、こいつは。)

 その動作に気品さえ感じた瞬間、彼自身の中に、僅かだが恐怖が生まれた。

「参る」

 若者は身を低くすると、嘘の様な速さで次々と浮き輪を飛び移り、高く跳んだ。