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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 上(4/5)

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穂乃華と秀



 穂乃華は一週間・女二人と鳥二羽分の買い出しをした。

 何の変哲も無いシティーサイクル(俗:ママチャリ)には、前かごと荷台の他にリアサイドバッグ二つとシートバッグを付けていたが、いずれも満載である。
 野菜、果物、肉魚と飲料…総重量は軽く十キロを超えるだろうが、自転車は危なげなく進んで行く。

 商店街を離れ、むかし城下町を流れていた水路の一つに掛かる橋の前で、穂乃華はブレーキを掛けた。

 相手は既にそこに来ていた。

(いつもそうだったな。)
 この相手は、時間通りに来たことがない。
 必ず自分より先に来る。
 一度理由を聞いたとき、少し顔を赤くして答えたくないと言った。

「秀」

 自転車から降り、橋の上の人影に声を掛ける。
 全身に纏うモスグリーンのコートの、フードの顎ひもを少し緩めた。
 朱塗りの太鼓橋。
 濡れた桜の枝。
 その下に居る少しくせ毛で無愛想な眼鏡の男。
 穂乃華は一瞬、駆け寄りたくなった。
 だがその男の影から、別の女が現れたのを見て足は止まった。

「…牡丹先生」

「ほのかちゃん、ひさしぶりね」

 皆美学園学園長・上月牡丹だった。
 その以前よりも厳しさを増した顔を見て、穂乃華は少し前に自分の胸に浮かんでいた淡い期待を恥じた。と同時に、対決の意志を固める。

 穂乃華は二人と二メートル程の所まで、近づいた。

「篁(たかむら)という名字じゃないので、見過ごしていました。あの自由度の高すぎる募集要項を見た時に、気づくべきだった。大和の力だったんですね」

 白いスーツの中年女性は、上品な笑顔を浮かべる。

「苗字をいじくるなんて、大したことじゃないわ。あなたのお母さんのためにも、一度やったことだしね」
「…どのような、ご用ですか」

「ほのかちゃんに、ここまで嫌われる日がくるとはね」
「先生個人に関する問題ではありません。先生の一族と組織が問題なんです」
「でもそこに身を置いてるのは、私の意志だわ」
「では、先生個人も問題です」

 穂乃華は、目を背けずに言った。

「――強くなったね」

 牡丹は、一瞬目元を緩めた。その瞬間だけ、十年前の、教員なのにどこか少女の様だった、その面影が見えた。
 だがすぐに契約に来たビジネスパーソンの様な、丁寧なのに油断できないという雰囲気を纏い直す。

「いえね、吉田先生がほのかちゃんに呼び出されたっていうから、どうせのこと、私もおつきあいした方がいいだろうと思っただけ。おじゃまだったかしら?」
「……」

 穂乃華は、ずっと無言でこちらを見ている秀の目を見た。
いつものように、黒く澄んだ目だ。
 少し、光がなくなったけれど。

「いいえ。来てくれてよかったです。しゅ――吉田君に訊きたかったことは、結局先生に訊きたかったことと同じですから」
「そう。それで?」
「二つあります。一つは、妹のこと。もう一つは、あの学校の目的」
「……吉田先生、もういちど念の為、確認してくれる?」
「はい」

 秀は言うと、携帯を操作して何かを確かめる。

「我々の会話が届く範囲で、小型ドローン含め、音声を拾える一切の装置は有りません」
「ありがとう」

 穂乃華は、不思議になって訊いた。

「この場所は、領域ではないのですか?」

「領域よ。でも、科学技術は日進月歩だし、美津穂の政府方だって大和と協調したがる人たちばかりでもないの。アンド、ヴァイスヴァーサ」
「…大和の中でも不和があるんですか?」
「そう。あなたが抜けてるうちにね。勝ち組っていうひとたちが勢力を強めだしたの。もうずっとアマツは沈黙してる。だったら地下国家としてまとまってる必要もないだろってね。…そういえば、あなたも勝ち組かしら?」
「私はただ、もう月待が流す血は、十分だと思ってるだけです」 
「そ。でも総家の方はね、今更マレウドの盟主っていう特権と地位を手放すわけにはいかないのよ。実際、美津穂政府からも管理統制の要求はきてるわけだからね。わたしはそのお手伝い」

「…それで学園ですか? 神々は穢れ無きものたちのスポーツ、芸術、思想からもっとも生命力を得る…〈テーゼオリンピア〉。高校センター、道徳科目や内申がどれだけ悪くても、個別筆試や面接でみるのはそこですね」
「あら…あなたが思っているより零力(れいりょく)と学力との相関関係はあるものよ? 本当の学力だけどね…まあ、わたしは〈神楽理論〉と呼ぶ方が好きだけど」

「…なぜ、桜垣で? 東響でも和家でも、もっと人の多い所でやればいいでしょう」
「地方の方がどうしたって、素質のある人間は多いのよ。マレウドもだけどね」
「それでも、ここじゃなくたって」

 穂乃華は、無意識のうちにシャツの内側にあるネックレスを弄っていた。
 そして気づく。

「――あの石。やっぱり大和が回収していたのか」

 牡丹はその手の動きを眺めながら、指摘せずに話を続ける。

「ん。申し訳ないけど、あなたのおかあさんの石は、使わせてもらってる。乗る人間がいなくなっても、御輿はつくらないと、人が付いてこないのよ。あれほど、人の精神力に馴染まされた要石はないもの。あれほど小さく、あれほど大量の零力(れいりょく)を溜めこめる石も。だけどやっぱり、土地を離れさせるには、持ち主が必要みたい…」

 牡丹は、じっと穂乃華の顔を見据えながらいった。

「!」
 穂乃華はここで初めて目を逸らしたが、すぐに顔を上げた。
 息を深く吸込む。

「…いいです。あんな石要りません、ただ」
「…ただ?」
「妹に、あれに触れさせることだけはさせないでくれ。いや、大和として接触すること自体、絶対にやめてくれ。妹は、普通の子として育てるんです」
 それが母さんの望みだったから。

(そして、わたしの。)

「でも妹さんは、まだ所属を選択してないのよね」
「日向は」

 穂乃華は、はっきりと心を決めた。

「日向はまだ要件を満たしてない。満たしたとしても、やらせない」
「…それは、日向さんの自由よ」

 牡丹は表情を変えず、静かに答えた。
 穂乃華はここでフードを脱ぎ、髪を外に晒した。
 一瞬、牡丹と秀が目を細める程の光が辺りを包む。

 赤い髪は輝き、燃えていた。

 おりしも空が泣き始め、その髪に当たった瞬間音を立てて蒸発する。

「穂乃華――よせ。領域でも、隠しきれない」

 初めて秀が動き、穂乃華の前に身を割って入った。

「どいて。火傷するよ」
「……」

 だが秀は、何も言わずに一歩前に進み出て来た。
 穂乃華の視界は全て彼の胸に覆われる。
 かつて慣れ親しんだはずのその距離に、穂乃華は胸が締め付けられた。

 いい匂いがする。
 動機が速くなる。

 穂乃華は目を瞑った。

「どけって!」

 瞬間髪が炎の舌となり、鞭の様に迸った。
 だがそれは相手を打ち据える前に、動きを止めていた。

「…?」
 目を開くと、男は手で握ったその髪に、口付けていた。
「――」
「やっと、この状態のこの髪に触れることができた」
「秀…おまえ」

 その手のひらと、顎下まで覆うくすんだ銀色のフリース素材に気付く。

「ねえ、”かわごろも”なの?」