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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 上(4/5)

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放課後 中庭で



 その日のホームルーム中、これ以上ないテンションの黄色いひそひそ声が1―Aに充満していた。

「…気持ちの悪い奴らだな」
 吉田は眉を僅かに歪めただけで、特に理由を聞こうとはしなかった。

「明日からは通常授業にはいるから、教科書のインストールは再度確かめる事。以上、解散」

 吉田が扉を閉めるやいなや、祇居の机の周りに女子が群がった。

「祇居くん、かっこよかったよ!」
「すごかった!」
「ねえ、今付き合ってる人いる?」
「あ、抜け駆け禁止!」

 日向の机周りに集まった女子たちも、離れた場所からその光景を見ている。

「いやー、うちのクラス委員やばくない?!」

 晶が興奮冷めやらぬ、といった表情で言った。

「祇居君、かっこいいよね…」
 法子が呟き、
「うん、かっこいいよね…美人なのに」
 蜜柑も同調する。

「ただのかっこつけだよ」
 一人、日向だけがつまらなそうな顔で頬杖をついていた。

(なによ…最初にあいつ見つけたの、わたしなんだから。)

 今周りを囲んでいる女子は、あの美少女もどきが自転車に乗れないなんて知らないだろう――とまで考えて、日向は彼と関わるのを自分に禁じたことを思い出した。

「どーだっていいし。わたし帰ろ」

 言いつつ、鞄を取って立ち上がった時。

「月待さん」
「ひ!」

 ショートの髪が、驚きで浮き上がった。
 振り返ると、クラスメートの人垣をかき分けながら、祇居がこちらに声を掛けていた。
 クラスが好奇の目で見る中、祇居は走って日向に近づいてくる。

「あの…話がしたいんだ。時間を貰えないですか」
「い、いま? ここで?」

「別の場所で…もし月待さんが良ければ」
「げ」
 日向は明らかに乗り気でなかったが、その時のクラスは、まさかこの誘いを断るはずはあるまいという空気に支配されていた。

「うー…」 

 友人三人を振りかえっても、

「やったじゃんひな!」
「わー…」
「ひなちゃん!」  

 否定的な顔は一つもない。

「――わ、わかったよ。手短にね」

 日向はむしろ、その場から逃げるために同意することにした。

「あの…みんな、まっててね」

  *

「まってるはずねーだろ」
「あっちゃん…! しー」
「ちょっと、見えないよ」

 日向の要請は、真の友情と連帯に基づいて却下されていた。

 祇居と日向が向き合っている場所は中庭、蔦のキリンの足もとである。
 時折行き交う下校生徒から少し離れて、ややうつむきがちに何かを話している二人の様子を、友人たちは生垣の陰から覗いている。

「で、はなしって何?」

 日向は、腰に手を当てて相手を睨んでいた。

(やっぱりだ…なんだか、こいつを見てると胸の中がもやもやする。)

 祇居は相手のそんな態度にもかかわらず、穏やかに言った。

「入学式の時は、本当にありがとう」
「その件はもういいよ…それだけ?」

 はやく、かかわりを断たなきゃいけない。

「いや、それだけじゃないんだ」

 祇居は言ったが、先ほどの武道館とは同一人物とは思えないほど覇気が無かった。

「その…」
「なによ?」

 視線が宙にさまよったあと、もう一度目の前の少女に戻る。

「今度の週末、僕の家に遊びに来てくれないかな」

「なんだってー!」
「あっちゃん!」
「ノム黙って!」

「…?」
 耳慣れた声が聞こえたような気がして、日向は横に伸びている生垣の先に目を移した。

「!」

 絵の具を一緒に集めてくれた時に見た、スニーカーの先が生垣の端から見えている。
 その上を見ると、晶らしき肩に掛けられた法子らしき手も見える。
 気配からすると蜜柑も一緒だろう。
(みんな…! もう、そんなんじゃないのに!)
 突然、頬が熱くなった。

「……どうかな?」

 祇居の方は、覗き見に気付いていない様子だった。

「なななんで、わたしが、あんたんちいかないといけないのよ」
 日向は虚勢が崩れ、ろれつが怪しくなった。

「その…」
 祇居は一瞬言い淀んだが、やがて言葉を区切ってこう言った。

「君が、特別なひとだから」

「おーまいがっど!」
「あっちゃん!」
「のりっぺ、ノムの口塞ごう!」

「…ん?」
 今度は祇居も気づいた。
 三人は再び身を隠す。

 一方日向は、気が気でなかった。
(な、何言いだすんだこいつ!)
 心臓がものすごい勢いで脈打ち出す。
 状況に頭が追い付かない。

「と、特別って、どういう意味よ…」

 日向は視線を左上方に反らしつつ、跳ねた髪の端を弄りながら訊いた。

「――それは」
 祇居は、ここで初めて、意識的に周囲に目を配った。
 それから口を手で囲い、日向の耳に近づけていく。
 日向は両拳を胸の前に持って来たまま、固まった。
 祇居は、そのまま真っ赤になって動けない日向に耳打ちする。

「君には、普通の人には無いちからがあるね?」

「――ぇ」
 瞬間、紅潮していた筈の頬から血の気が引いた。
 素早く一歩後ずさり、祇居に向かい合う。

「…なんで」
 何でそこまでわかったのよ。
「その理由も含めて、家に来てほしいんだ」
「いやだよ」

 考える前に、日向は答えていた。

「月待さん」

「…なんか、ひなちゃんたちの様子…」
「うん…告白かと思ったけど…ヘンだ」
「……うん…」

 蜜柑は、この時の祇居と日向の二人ともに、普段自分たちが見ているとは何か違う感覚を抱いた。

「あんたが何を」

 何を、言うべきか分からない。
 だけどやっぱり、こいつとはこれ以上関わっちゃだめなんだ。

「何を知ってるか知らないけど――ううん、知らない。あんたが考えているようなことは、わたしは何も知らない。わたしは、特別なんかじゃない。勘違いしないでよ。わたしは、あんたの家なんか行きたくない」

 日向は鞄の肩ひもを掴みつつ、相手を睨んで一歩ずつ遠ざかった。

「月待さん!」
 祇居が駆けより、手を伸ばす。
「やめてよ!」
 日向はその手を払った。

「クラス委員の仕事以外では、もう話しかけないで」
 言って、祇居に背を向ける。
 そして数歩歩いたあと、
(あ、自転車…)
 テオドールⅡ世を取りに行くためには、あの三人が隠れている方に向かわねばならないことに気づいた。

「――」

 日向は俯いたまま、走り出した。
 どうしてかわからないが、涙が出てきた。
(わたし、頭の隅で何か期待してた。)
 なにか、とても違うものを。

「やば!」
「もっと奥に隠れて!」
「わわわわ」
 走って来る日向を見て、三人は生垣の陰に折り重なるように倒れた。
 だが、日向はそれに脇目もくれず走り過ぎていく。

「ひなちゃん…」
 その横顔に、涙が少し光っているのを、蜜柑は見た。

 一方の祇居を見ると、放心した様に日向の背中を見送っており、これも蜜柑たちが見えている様には見えない。

 やがて項垂れると、祇居は立ち去って行った。

「なんだったんだ…?」
「わかんない…けど、ひなちゃん追いかけた方が良くない?」
「うん、いこう!」

 だが三人が自転車置き場にたどり着いたときには、青いランドナーも持ち主も、どこかに消えていた。