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サニーサイドアップ
サニーサイドアップ
novelistID. 56539
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センパイんとこ住まわせてもらっていーっすか? <中編>

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高2、春





「瀬田センパイの髪の毛、めっちゃサラサラしてるっすね!」

 
 人を好きになるのに明確な理由なんか無い。
 でも、きっかけはあると思う。
 
 あの時の和歌子の声が耳に蘇るたび、倫はそう思うのだ。

 ♢ ♢ ♢

 初めての出会いは高2、春。

「鳴海和歌子って言ーます。よろしくっす!」
 
 たまり場にしていた体育館裏に、同中の後輩なんだけど、と仲間が連れてきたのが、和歌子だった。
 一見して染めたばかりとわかる茶髪に、当てたての緩いパーマ、耳にはシルバーのピアス。ぶかぶかの真新しいブレザーを着崩して、精一杯の背伸びで「不良」を演出しようとしているが、大きな瞳が印象的なベビーフェイスは、顔だけ見ればまるっきり「ちょっと大人びた中学1年生」だった。
 男共が「結構可愛くね?」「巨乳じゃん」などとひそひそ話す声が聞こえる。
 
 こんなトコ来るようなタマじゃねーだろ
 
 一歩離れた場所でセーラムをふかしながら和歌子を一瞥した倫は、そんな感想を抱いた。だが和歌子に興味を持ったのはほんの一瞬で、倫の頭の回路はすぐに次の実習の件に切り替わった。
 親の離婚や再婚に振り回され、荒れに荒れた数年間。そのツケとして倫を待っていたのが、不良の吹きだまり、市内最底辺校と言われているこの工業高校だった。だが、半ばヤケクソに入学した建築科の授業内容は、意外と倫の性に合った。新しい家族に馴染めず、早期の独り立ちを欲していた倫は、「とにかく手に職、そして資格」を密かな目標に定め、生来の真面目さと頭の良さで、素行を除けば校内トップの成績を保っていた。

 キーンコーンカーンコーン

(やべ、昼休み終わる)
 5時間目は大事な実習で、遅れる訳にはいかなかった。倫は煙草をもみ消し、「んじゃ私行くわ」と仲間の輪に声をかけ、校舎の方向に足を向けた。
 その背中を、聞き慣れない甲高い声が追いかけてきた。
「瀬田センパイ!」
 ん?と思って振り返ると、さっきのベビーフェイスが小走りに駆け寄って来るところだった。
「……ですよね?」
 呼んどいて疑問形かよ。てか何で私の事知ってんだよ。
 咄嗟の事に虚を突かれて黙っていたら、ベビーフェイスーー和歌子は、倫の様子などおかまい無しに話しかけてきた。
「竹田先輩に聞いてたんすよ。すっごいキレイで頼れるセンパイだって。面倒見てもらえって」
 仲間の輪の中で、その「竹田先輩」がニヤニヤ笑いながら二人の様子を眺めている。和歌子を連れてきた張本人だ。
 ……あいつめ。私にやっかいごと押し付けよーって腹だな。倫は軽く睨みつけてやった。
「そーゆーわけで、これからよろしくお願いしまっす!」
「そーゆーわけってどーゆーわけだよ」
 勝手に事を進められた不快感と、実習に遅れそうという焦りの気持ちが、持ち前の「ぶっきらぼう」に拍車をかけた。寝起きのライオンみたいな倫の唸り声に、和歌子は笑顔を凍り付かせた。
 新入り相手にいきなりすごんでしまった。倫は内心「しまった」と思ったが、引っ込みがつかなく、険しい表情のまま和歌子を睨み続けた。
 和歌子は明らかにおびえていた。頬はひくつき、あごががくがく震えている。
 何か場を和ませるような気の利いた言葉はねーのか。倫が心の中で頭を抱えたその時、
「うわ!」
 急に和歌子が素っ頓狂な声を上げた。そして何のためらいもなく、倫の、人より広いパーソナルスペースに飛び込んできた。

 驚いた倫は思わず身をかわしたが、和歌子の方が一瞬早かった。倫の懐近くまで入り込むと、おもむろに髪を掴んで言った。
「瀬田センパイの髪の毛、めっちゃサラサラしてるっすね!」
 長身の倫と小柄な和歌子。身長差はおよそ10cm程か。和歌子は倫のあごの下辺りにぐいっと顔を寄せて、大きな瞳を輝かせーー有り体に言えば「目をキラキラ」させて、倫を見上げてきた。
「……!!」
 
 時間にすればほんの一瞬の出来事だったし、おそらく和歌子はこの時の事を覚えていないだろう。
 だが、倫にとっては生涯忘れる事のできない瞬間となった。

 結局この日は終日上の空で、授業も実習も全く手につかなかった。

「落ちつかねぇ!」
 倫は自室のベッドの上を、掛け布団を抱きかかえながらごろごろ転がり回った。こうしていないと、今日の出来事が五感に蘇ってきて、いてもたってもいられなくなるからだった。
 シャンプーの甘い香り、キラキラした二重の瞳、白い肌、ニヘッと笑った頬に浮かんだ二つのえくぼ、高い声、髪を触られときに感じた寒気に似た何か……
 思い返すたび、不穏にざわめく胸。
 なんなんだよこれは。
「アイツ女じゃん」
 私も女だし。
 ……じゃあなんなんだよ、この気持ちは。
 
 高1の頃、他校の男と恋の真似事をした時。あの時の感覚とは全く別物で。
 妙に生々しく、居心地悪く、狂おしい。そんなマイナス要素満載のくせに、頭のどこかがうっとり痺れている。
 
 なんなんだよ、これは。
 
 始めは不意を打たれたからだと思った。倫は人との接触に慣れていない。今まであんなふうに無防備に懐に飛び込んでくる勇気のある奴はいなかったから。だからその戸惑いを、慣れない脳が別の感情と勘違いしているだけだと。
 そうであってほしい。そうであってください。
 倫は生まれて初めて、信じてもいない神様に神頼みをした。

 だけどそんな都合のいい神様などどこにもいないのだった。
 
 次の日。体育館裏で、無意識に和歌子の姿を探している自分に気付いた。そして和歌子を見つけた時の、泣きたい程の安堵感と、足元が崩れそうな不安感。その矛盾した感情。
 和歌子にどうしようもなく惹き付けられている気持ちは、もう誤摩化しようがなかった。
 「あ、瀬田センパイ! おはようっす!」
 そんな想いを知る由もない和歌子は、屈託の無い笑顔を浮かべて、今日も倫のパーソナルスペースに無遠慮に飛び込んでくるのだった。
 
 これが倫の、長く苦しい恋の始まりだった。