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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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海に降る雪

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 ──雪を見に行くんだ……


 ひとり最終電車に乗り込んで、隅のボックス席に座った。
 ドアが閉まる音とともに少女の声がした。
「間に合った」
 わたしは半ば驚きながら、しかし、期待どおりの結果に密かに喜びながら顔を上げた。
「友だちの家に泊まりに行くって、親を説得してきたの」
 息を弾ませ、ほおを上気させた少女がはにかみながら立っていた。その手には小さなボストンバッグが握られている。

 少女がこなければ、いや、来なくても、一人で行くつもりだった。

「ありがとう。来てくれて」
 そう言ったわたしに少女は首を横に振り、ほほえみ返した。
「ううん。わたしが勝手についてきただけ」
 ゆっくりと電車は動き出した。


 ──わたしも……行ってもいい?


 一週間前のことだ。
 春とは言ってもまだ肌寒い三月はじめの昼下がり、人影のない岬の公園で、海を見つめながら少女と語り合った。
 何気ない話をしながらも、少女は何か思い詰めたような目をしていた。けれどそれを言い出しかねて泣き出してしまった。
 わたしはその細い肩を引き寄せ、胸に抱きしめた。
 肩をふるわせて泣き続ける少女に、わたしは口づけをした。互いの胸の内を確かめ合った瞬間だった。
 けれどそれは、許されない恋の始まりでもあった。


 ──来週の金曜日の夜、終電に乗る……

 
 少女と初めて会ったのは二年前の春。少女は高校二年で、わたしは彼女のクラスの担任になった。
 その頃の彼女はわたしのことが気に入らないらしく、話しかけてもつっけんどんで、返事もろくにしなかった。
 何か嫌われるようなことをしたのか、皆目わからなかったが、そんな少女をわたしはまるで駄々をこねる子どもでも見るような感覚で、かわいいとさえ思っていた。

 実際、少女は美しいというより、かわいいという形容の方がにつかわしかった。
 日本人形のような肩で切りそろえたストレートな髪、黒目がちの大きな澄んだ瞳、ことに小首をかしげる仕草をしたときの、あどけなさの残る丸いあごからほおにかけてのラインが愛くるしかった。


 ──どこへ行くの?
 ──ん。雪が残っているところ……


「はい。寒かったでしょ」
 少女は缶コーヒーをわたしに差し出した。手袋を通してほんのりと暖かさが伝わってくる。
「ありがとう」
 冷えた身体がわずかに温まった。
作品名:海に降る雪 作家名:せき あゆみ