慟哭の箱 10
「…冗談でしょう、殺されそうになっていたのはわたしですよ!」
「ナイフを突きつけて脅してどの口が言う?あんただけは絶対逃がさない。沢木!」
「はい!」
沢木が武長を引っ張り、旭から引きはがした。捜査官らが駆け寄り、身柄を確保する。
「強姦、脅迫、横領、背任、ずいぶんあくどいことしてたみたいだな、そっち方面からも叩かれることになりますので、お覚悟を」
それは…一弥や芽衣が長年密かに調べていた武長の罪だった。いつか恐喝の材料に使えると踏んでいた事実。清瀬は芽衣との接触でそれらも調べ上げて、証拠をつかんだのだろう。
「大丈夫か、」
へたりこんだ旭のもとへ清瀬が駆け寄ってくる。困ったような顔をして。
なんで、どうして。
「…なんで来るんですかッ!!」
怒鳴っていた。我知らず。
「あなたにはもう、二度と会わない覚悟で飛び出してきたのに…」
俺が、どんな思いであの家を出たのか、あなたは知らない。
「そりゃ来るよ」
清瀬は静かな声で紡ぐ。いつも通り、何も特別なことなんてしていないとでもいうように。そして腕を掴んで、助け起こしてくれた。夢ではないかと、旭は思う。
「約束したからなあ」
笑う清瀬の顔を見て、全身が弛緩する。このひとは、本当に――
「くそ、離せ!あのガキが悪いんだ!俺を逮捕だと、ふざけるな!」
沢木ら捜査員に捉えられ、わめきたてている武長の声。びくりと肩が反応してしまう。
「どうせ親を殺したのもそいつだろ!人殺しだ、逮捕するならそのガキだろうが!」
大人しくしろ、と怒鳴る捜査員を押しのけ、武長の目が旭を見る。蛇のようなおぞましい目で。
「親を殺して満足か?人殺しめ。俺を逮捕したって、汚れきったおまえの傷はきえんだろうよ!」
がちん、と大きな音が頭の中に響いた。これは、人格がスイッチする音。
一弥だ!