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反骨のアパシー

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 北島栄太郎は正直、面食らっていた。その職場に漂う異臭は、それこそ鼻を摘みたくなるほどだったのである。まるで吐き気のするような臭い。その表現がぴったりと当てはまる。
「園長、何ですか、この臭い……」
 栄太郎は尋ねずにはいられなかった。
「これが施設臭ってやつさ。君も一月ほどすれば慣れるよ」
 だが、栄太郎にはその臭いは永遠に慣れそうにもないと感じたものであった。
 栄太郎は帰帆市に勤める地方公務員だが、この四月に異動の辞令が下りていた。この市立野菊園という知的障害者更生施設への転勤の辞令である。そこに足を踏み入れたところで、施設臭の洗礼を受けたところなのである。
「まあ、君には期待しているよ。福祉事務所で生活保護の現業員として輝かしい実績があるからな」
 原口園長は笑いながら、内線電話を握った。栄太郎はこの臭いが衣服にまで沁み込むのではないかと心配になった。それ以上に、この臭いの中で何食わぬ顔をしている園長が違う人種に見えた栄太郎であった。
 程なくして松田寮長という男が現れた。栄太郎の直属の上司にあたる人物である。小柄だが気さくな人物で、「ようこそ、ようこそ」などと愛想笑いを浮かべながら、栄太郎を配属された梅寮へ案内してくれた。
「この臭いはいつもするんですか?」
 すると松田寮長は笑いながら言った。
「これは涎と排泄物と消毒液の混ざり合った臭いだよ。多分、この施設が存在する限り、この臭いは取れないと思うね」
「はあ、そうなんですか。職員食堂でもこの臭いはするんですか?」
「施設内、どこでもするよ。あなたはずっと福祉事務所で綺麗な仕事をしてきたんだろうけど、ここは同じ福祉畑でもまったく異質だからね。排泄から入浴、食事に至るまで介助の仕事に慣れてもらわねばならない」
 そう言うと、松田寮長はツカツカと歩きながら梅寮の鍵を開けた。寮には鍵がかかって自由には出入りができないようになっていた。鍵が開くと、臭いは更に強烈なものになった。それはまさに悪臭だった。
 職員室で栄太郎は梅寮の概要について松田寮長から説明を受けることになる。
作品名:反骨のアパシー 作家名:栗原 峰幸