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古い歯ブラシ
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千に一つの青い森

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 私は飛び上がって喜んだ。母はさらにこう言った。
「でも、ひとつだけ、約束して。あなたのお誕生日は、ちょうど春休みでしょう。だから、友達にはおかあさんが話をするわ。あなたは絶対に友達に誕生日会のことを話しては駄目よ。いいわね、わかったわね。」
 私は母との約束を守った。そしてついに誕生日がやってきた。
私は家の玄関の前に立って、友達を待った。
ところが、誰も来ない。何時間待っても、友達はひとりも来なかった。
泣きながら家に入った私を、母はこう言って笑った。
「誰も来ないなんて、あんたには友達は一人もいないんだね。あんたはみんなに嫌われているんだね。」
 母の横で、弟も笑いながらこう言った。
「僕のお誕生日とは、大違いだね。この間の僕のお誕生日会には、友達が大勢来て、ケーキがあって、ご馳走があって、」
 その弟の言葉で私は気が付いた。母は、何も用意していなかった。テーブルの上には、ケーキもご馳走もなかった。
 次の日、私は友達に尋ねた。
「ねえ、私のお誕生日会について、私のお母さんから、何か聞いていた?」
友達はみんな、こう答えた。
「ううん。何も聞いていないよ。」
私は10歳の誕生日に、母が私を騙したという事実を受け止めなければならなかった。
オカアサンハ、ワタシヲ ダマシタンダ。ワタシノ ココロヲ コロスタメニ。
色鮮やかなパンジーを見ながら、10歳の私は必死に涙を堪えていた。~
 
道の端を湧き水が流れていた。伸び切った土筆がツンツンと生えている。畑から顔を上げたおばあさんが、じっとパトカーを見つめていた。私たちは小さな家の前を通り過ぎた。道を挟んだ反対側に、大きな楠があった。
家の中から、男の子が駆け出してくる気がした。中学の頃、私はこの家の悟君が大好きだった。私と彼は同級生だったので、毎日彼と手をつないで学校に通った。
中学卒業間近のある日、彼の両親は材木をトラックで運搬中に交通事故にあい、帰らぬ人となった。

~私は母に連れられて彼の両親の葬式に行った。彼の家は裕福ではなかったので、祭壇は質素なものだった。その祭壇を指さして母は笑い転げた。
「何、あれ、おかしい、あはははは。粗末。みっともない。あはははは。」
その場にいた人々はみな、母の異常さに凍り付いた。
私は母から離れようとした。けれど、こんな時に限って、母は私の手をぎゅっと握って、放そうとしなかった。
 オカアサンナンカ、ダイキライ。
私は心の中で叫んでいた。泣きながら母を睨み付けた。そんな私を彼はじっと見つめていた。彼の目は私を憐れんでいた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
言葉が出なかった。私は心の中で彼に謝っていた。
その日以来、私は彼と口をきくことができなくなった。もう2度と、彼と手をつなぐことはできない。私にはそんな資格はない。そう思った。
彼は中学を卒業した日に、名古屋にある大きな老舗和菓子店の養子になって村を出て行った。迎えの人に連れられて、毅然と去っていく彼の背中を、私はあの楠の影から見送った。~
 
家の中に、人の気配を感じた。窓にかかった古いカーテンに隠れて、誰かがこちらを窺っているような気がした。

「おかあさんと弟さんの行方に、心当たりはありませんか。」
 「いいえ。」
 「親しくしていた親戚、友人のところへ行っているということはないのですか。」
 「そういう人はいなかったと思います。」
 近藤の問いに答えている間、パトカーはゆっくりと1本道を走っていた。私の実家は村はずれの丘の上にある。かつて私の一族は、庄屋としてこの村で絶大な権力を握っていた。時代とともに、一族は富も権力も失っていったが、彼らのプライドはそれに反比例して膨れ上がっていった。近年では私の一族には役立たずの暴君しか見当たらない。
私の母もその中の一人だった。古き良き時代にしがみつき、時代の変化を認めようとはしなかった。自分のプライドを保つために、常に誰かを見下し、傷つけていた。
パトカーは村はずれにある丘の麓に着いた。私の実家はこの丘の上にある。
実家に続く坂道の左側に、大きな柵があった。『私有地につきここより立ち入り禁止』の看板が掛かっていた。看板の奥には痩せた雑木林が広がっていた。『青い森』はこの雑木林の奥にある。
 パトカーは坂を上り、私の実家の門の前に着いた。明治時代に建てられた洋風の巨大な屋敷が門の奥にあった。この屋敷は母の自慢だった。
 「曽祖父が2億の金をつぎ込んで建てた豪邸だよ。つまり私たちは億万長者なんだ。他の人間とは出来が違うんだ。」
 母の言う豪邸は、私にはお化け屋敷にしか見えなかった。桃山家はこの屋敷を維持する財力をとっくの昔に失っていた。黒い外壁には亀裂が走り、蔦が這い登っていた。2階のいくつかの部屋はもう何十年も使われたことがなく、開かずの間になっていた。エアコンはない。
 私たちは玄関の前でパトカーを降りた。玄関ドアに、鍵はかかっていない。昔からこの村には施錠の習慣がなかった。巨大な玄関の扉を開けると、カビと埃の匂いがした。靴箱の上には造花の入った花瓶が置いてあった。広いホールの突当りには、カーブを描いた大きな階段があった。母はこの階段を下りながら訪問客を出迎えるのが好きだった。
 一階には台所に居間に食堂、それに応接間がある。地下に下りていく階段もあり、地下にはリネン庫や食品庫があった。
 私たちは居間に入った。大きなテーブルの上に、1枚の便箋があった。
 その便箋にはこう書かれていた。

青子が勝太郎を殺した。
勝太郎を青い森に埋めた。

「それは、あなたのおかあさんの筆跡ですか。」
若い警官が言った。
「はい。母の字です。」
「そこに書かれていることは、事実ですか。」
年配の警官が強い口調で言った。
「いいえ。違います。」
怒りと恐怖が同時にこみ上げてきた。
「あなたのおかあさんは、あなたが弟さんを殺したと書いている。」
「違います。私は殺していません。」
声が震えた。
「では、お母さんはどうしてこんなことを書いたのですか。」
「あの人はいつもこうなんです。理由なんて、ありません。」
そう、母のやりそうなことだった。でも、それを他人に説明することは難しい。
誰にもわかってはもらえない。
「ここに書かれている『青い森』というのは、どこにありますか。」
「2階のベランダから見渡せます。」
私はそう言うと、居間を出て、玄関奥の階段に向かった。2人の刑事も私の後をついてきた。
階段を上った正面に、大きな部屋があった。ここは代々この家の当主が使う部屋だ。かつては曽祖父が使い、曾祖父が亡くなると祖父の部屋になった。私が19の時に祖父が亡くなると、母がこの部屋に入った。
私はドアを開けた。この部屋は、私の住んでいるワンルームマンションの2倍以上の広さがある。高い天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。
部屋の中には誰もいなかった。天蓋つきの大きなベッドの脇に、サイドテーブルがあった。その上に、大きな双眼鏡があった。そして、また、置手紙があった。

     私も青子に殺される
 満月の夜に、青い桜の木の下で

年配の刑事が口を開こうとしたので、私は先に答えた。
「いいえ。私は殺していません。」
作品名:千に一つの青い森 作家名:古い歯ブラシ