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古い歯ブラシ
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千に一つの青い森

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1 有罪率99.9%

ドアを開けると、警官が2人立っていた。
「桃山青子(せいこ)さんですね。」
年配の刑事が警察手帳を見せながら言った。その背後で若い刑事も手帳を取り出していた。
「はい。」
「免許証を拝見できますか。」
私は戸惑ったが、チェストの上からバッグを持ってくると、免許証を取り出して、彼らに見せた。
「確かにご本人ですね。現在30歳、独身。」
「はい。」
「現住所はここ、名古屋市東区上田町スカイハイツ201号室ですが、本籍は愛知県新城市銀狐村ですね。」
「はい。」
~さあ、2015年、4月1日、春の選抜高校野球の決勝戦が始まりました。栄冠を手にするのは……~
隣の部屋の窓から、テレビの音が聞こえてきた。
「銀狐村に住んでいる、桃山勝子さんは、あなたのおかあさんですね。そして弟さんは、勝太郎さん。」
「はい。」
「その2人が1か月前から行方不明になっていることを、あなたは知っていますね。」
「はい。」
「あなたは銀狐村役場から、一度実家に来てほしいと言われているのに、行っていませんね。」
「はい。」
「昨日、匿名の電話がありました。『桃山青子がおかあさんと弟を殺して、青い森に埋めた』という内容でした。」
「『青い森』ですって。」
私はびっくりした。
「『青い森』に心当たりがあるんですか。」
年配の刑事の目が光った。
「ええ。青い森というのは、実家の敷地にある森のことです。」
「ふむ。」
と、年配の刑事は唸った。それから彼はこう言った。
「桃山青子さん、これから銀狐村に同行してください。」
「今からですか。私、仕事があるんです。今日は遅番で、」
「職場にはこちらから連絡済みです。」
「何ですって。」
「今すぐに、数日間の旅の用意をしてください。」
再び、隣の部屋からにぎやかな歓声が聞こえてきた。
 部屋の奥に進みながら、私は玄関を振り返った。2人の警官が鋭い眼で私を見張っていた。
私は被疑者なのだ。
まさか。そんなばかな。
でも、これは現実だった。
警察は、母と弟の行方不明に、私が関与していると考えている。
 誰かが、「私が2人を殺した」と言っている。
 有罪率99.9%。
もし、警察の疑いを晴らすことができなければ、私は殺人犯にされてしまう。
私が無罪になる確率は、千にひとつなのだ。
「わかりました。今、支度します。」
ワンルームの部屋の中は、玄関から見渡せる。2人の警官に見張られながら、私は旅行鞄にとりあえず下着や衣類、日用品を詰め込んだ。鞄のファスナーを引く手が震えた。

私は満開の桜をパトカーの後部座席から眺めていた。パトカーは東名高速を走っていた。運転しているのは若い警官で、私の隣には年配の警官が座っていた。私はすでに警察の手の中にいた。
「どうして、銀狐村役場から連絡を受けた時に、すぐに実家に帰らなかったのですか。」
「私には何もできないからです。」
「なぜですか。」
「私は20歳の時に家出をしました。それ以来、実家とは音信不通です。母と弟がこの10年間、どんな生活をしていたのか、私は知りません。だから私が実家に行っても、何のお役にも立てないと、役場には伝えました。それに、仕事の休みも取れないし。」
パトカーの窓から、今度は勤めているスーパーの支店の看板が見えた。もう、職場に私が戻る場所はない。警察が職場に行ったということは、そういうことだ。一昨日、私は正社員登用の内定をもらったばかりだというのに。
内定をもらった時は嬉しかった。半年前、20人いるパート社員の中から、一人だけ、成績優秀者を正社員に引き上げるという通達があって以来、正社員の座をめぐる競争は激烈を極めていた。しかも、1名正社員に登用されると同時に、売上成績の悪い3人のパートがクビを切られる、という噂が流れていたから、毎日が生き残り競争だった。自分が認められたことも嬉しかったが、ああ、これでクビにならずにすむ、と言う安堵感が大きかった。
それがこんな形でひっくり返るとは。
私は激しいストレスに打ちのめされていた。頭が朦朧としていた。
パトカーは豊川インターで高速を降りて、国道151号線に入った。遠くに見えていた山の稜線が一気に近くなった。国道に沿って飯田線が見える。新城市はもうすぐだ。
2度と戻らないと思っていた故郷に、まさかこんな形で帰ることになろうとは。
「あなたはどうして家出したのですか。」
「母や弟と仲が悪かったからです。」
「それはなぜですか。」
「私は母から虐待を受けていました。だからあの家を逃げ出したのです。」
「弟さんは。」
「弟は母の操り人形でした。母は弟を溺愛していました。」
「あなたは母親から愛されている弟さんを、妬んでいましたか。」
「いいえ。」
「あなたのおとうさんは。」
今度は運転している若い警官が尋ねてきた。
「父は私が4歳の時に失踪しました。」
 「そうですか。」
パトカーは古くて美しい三河大野の町を抜けて、県道505号線に入った。道は次第に細くなっていった。銀狐村は浜松市に近い山奥にある。
苔むした石の橋を渡り、雑木林のトンネルをくぐり、狭い山道を走ると、パトカーはようやく銀狐村に着いた。
 道の端に立っている、小さな地蔵を見た途端、私は一気に10年前に引き戻された。あの日、村を去る私を見送ったのは、この地蔵だけだった。
 「ここ1か月の間に、あなたがこの村に来たことはありませんか。」
 「ありません。」
 「それは事実ですか。」
 「ええ。私はこの3か月、毎日出社していました。休暇は一日もありませんでした。」
 「それはもう調べました。でも、あなたには夜のアリバイがない。仕事が終わってから、この村に来て、始業前に名古屋に戻ることは可能です。」
 「刑事さん。休日もないのに、徹夜なんかしたら、人を殺す前に私が過労死しています。」
私はずっと休暇が欲しくてたまらなかった。仕事のスイッチをオフにして、ゆっくり休みたかった。寝る前にはいつも、朝までに疲労が回復することを祈っていた。もうすっと、そんな毎日を過ごしていた。生きるために仕事をするのではなく、仕事をするために生きているようなものだった。その毎日は突然終わった。しばらくは体をいたわって休むことができる。だが、この年で失職したら、今度はもっときつい仕事にしか就くことはできない。
 パトカーは1本道をゆっくり走っていた。すれ違ったおじいさんがパトカーの中をのぞき込んできた。私の実家はまだ先の、村はずれにある。左手に、廃校になった小学校が見えた。校舎の建物は集会所として使われていた。校庭はゴミ収集所になっていた。手前の花壇にはパンジーが植えられていた。
 パンジーの鮮やかな花色が目に染みた。そう言えば、明日は私の誕生日だ。
20年前のあの日、私はあの花壇の前に、涙を堪えて立ちすくんでいた。

 ~私は子供の頃、家で自分の誕生日を祝ってもらったことはなかった。友達の誕生日会に呼ばれても、自分の誕生日に友達を家に呼んだことがなかった。ところが私が10歳の時、母が私にこう言った。
「お誕生日会をやってあげる。あなたのお友達を家に呼んでいいわ。」
「ほんとうに、うれしい、おかあさん、ありがとう。」
作品名:千に一つの青い森 作家名:古い歯ブラシ