小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

サヨナラ、ヴィーナス。

INDEX|12ページ/12ページ|

前のページ
 

あなたへ







「亜美~?そろそろ行くぞ~」




「うん、あと少し!」





この年齢になってまさか引っ越しをするとは思ってもいなかった。




私はカバンを肩にかけ
鏡に映るじぶんを見つめた。



住み慣れたこの街には思い出が多すぎる。







「ごめんな、急に。お父さんの都合で引っ越しだなんて。」


「大丈夫よ。なんとかなる。」




階段を下りていくと、父が申し訳なさそうに
飲み物を差し出した。



「数年したらまた戻ってこれるから。」


「それよりおじいちゃんが心配だよ。」





父の祖父が先月体調を崩し入院した。

地方出身の父は、小さい頃に母親を亡くしていて兄弟もいないため
祖父を傍で支える人が周りにいなく

そう何度も簡単に通えないところに住んでいるので
やむを得なく祖父の病院の近くに引っ越すことに決めた。





「いろいろ手続きしなくちゃな~」


「一からまた頑張ろう。」







私はサンダルのストラップが切れていたことに気が付かなかった。






「いつの間に..」






明らかにガッカリした表情を浮かべると
先に玄関で待っていた母に笑われた。




「よく彼にも注意されてたわよね。」



「へ?」



「『亜美、その靴歩きにくいならやめなよ。』『可愛いからいいの。』」



「..うん。」





笑ってしまうくらい昔のことで覚えているはずなんてないのに
私の記憶は壊れかけのビデオテープより鮮明に映し出された。



「そういえば彼とはどうなの?」



私は何も返せず、ただ微笑んだ。


















さようなら



然様なら












生まれてから死んでゆくまで何気なく使い続けていくこの言葉に
そんな深い意味があるだなんて思ってもいなかった。






私には重すぎる。


重すぎるよ、ユウヤ。

















私はサンダルの隣に並んでいたスニーカーを履いた。
スニーカーを履くなんていつぶりだろう。







「よし。忘れ物はないな?」


「大丈夫です」




父がゆっくりと玄関のドアを閉めた。




「まあ家はこのまま空けとくし、おじいちゃんの体調がよくなったら
また戻ってこれるから。」


「お父さんって本当に東京が好きよね~」


「忙しくても、生きている実感がする街ではないか。」


「ふふふ」





車に乗り込んだとき、私は忘れ物をしたことに気が付いた。




「ごめん、やっぱり先に行ってて!」




「え?ちょっと、亜美!」
































小さな頃の私に教えてあげたい。













忘れたくないもの、忘れちゃいけないものは
白紙のノートに描いておきなさい









いつか思い出せなくなるその日が来るまで
大切にしておきなさい












もし、忘れてしまったそのときには







































――――――――そっとそのページをめくりなさい。




















.....................












〈〈ガチャッ〉〉








「忘れ物しちゃった。」




「..僕の部屋に?」




「うん。」




「わたしと出会ってくれてありがとう。」




「永遠のさよならみたいだね。」




「もう会えないと思う。」




「..そっか。」




「あなたのこと、忘れちゃうかもしれない。」




「それでもかまわないよ。」




「..ごめん。」




「僕はキミにずっと憧れていたんだ。」




「..今は?」




「これから先もだよ。」




「..ありがとう。」




「そういえば、何を忘れたの?」




「目瞑って」




「え?」

















































涙目の瞼に優しくしたキスを
「あなた」はきっと忘れない。











―――――――――――――





「サヨナラ、ヴィーナス。」 / meluco.
作品名:サヨナラ、ヴィーナス。 作家名:melco.