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サヨナラ、ヴィーナス。

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記憶の温度








僕たちが喫茶店を後にする頃には
店内に居たお客さんたちの人数もまばらになっていて
外は夏の夜の空気になっていた。





「ありがとうございました。またお待ちしております。」



何も知らない知るはずもない柔らかく笑う店員さんに

僕は優しく微笑んだ。










僕たちは自然と手を繋いでいた。



キミは俯いたまま僕の左手を強く握りしめていた。







寂しいとか、怒りとか、飽きれたとか


そんな子供じみた感情が僕には降りかからず
ただ少しの「切なさ」と「愛おしさ」がまるで隠し味のように胸の中で溶けていった。





僕は駅に向かいながら呆然と考えていた。




もし、キミが自分に正直な気持ちで僕と今向き合ってくれるのだとしたら
僕たちは何になるのだろうか。



〈恋人〉になれるのだろうか。



病気のことや未来のこと。

シガラミを振り解き僕の元へ来てくれないだろうか。






「引っ越すんだよね。」



「..うん。」




泣きやまない彼女に口づけでもしたらどうだろうか。




そんなロマンチックなことは僕には似合わない?

















「僕はもしかしたら悲しいのかもしれない。」




















「どうして?」






















「涙が止まらないんだ。」















キミはゆっくりと僕の顔を見上げた。







いつから僕は泣いていたのだろう。








叶わない願い事なんてこの世には存在しないと思っていた。


幼少期の頃、母親に駄々をこねて買ってもらったゲーム機。

姉に大好物のゼリーを無断で食べられ拗ねていたら
次の日にはきちんと冷蔵庫の中にメモ書きと共に置かれていた手作りのゼリー。




願えばなんでも手に入っていたんだな。


大きくなってからはなかなかそうはいかない。








「本当はね、」





キミの胸まで伸ばした綺麗な黒髪が
静かに風に揺れた。




いつの間にか、こんなに伸びたんだね





出逢った頃、キミはショートヘアだった




僕は気付けていたかな




寄り添えていたかな





ああ、そうだね





これが後悔というやつだね














駅のホームに着いたとき、キミは小さな口を動かした。







「大好きだったよ。」
















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目が覚めたとき、僕は自分の部屋のベッドに居た。








作品名:サヨナラ、ヴィーナス。 作家名:melco.