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Trick or Treat - お試し版 -

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 そんな酔っぱらった口調で言われても冗談にしか聞こえない。
「あたし! もーいっぱい飲むぅ!」
「えっ、ちょっと! もうやめ――」
 透真が止めた声が聞こえていないのか大きな赤いリボンを髪に飾った後輩は飛び跳ねるようにドリンクサービスのカウンターへと駆けていった。
 ハロウィンパーティというこの場にやむなく来たのは、この後輩の一大事だったからだ。
 知人に恋人を連れていくと言ったのに三日前に別れたという。欠席するのも一人で行くのもプライドが許さない、だなんて強気な発言に思わず笑ってしまった。
 けれど、今にも泣きだしそうで、仮の恋人役を適当に見繕ってやるかと考えていたら、彼女から透真に拝み倒してきた。
「主任! お願いします。一緒にパーティに行ってください!」
「え!? いや、あの」
「迷惑はかけません! 会費も払いますし、仮装のための衣装もあります。私の見栄でしかないけど、どうしても譲れないんです!」
「オレじゃなくても他の奴にさ、ほらタダ酒飲めるなら付き添ってくれる奴いるって。探してやるから」
「いいえ! 主任なら見た目もいいからばっちりなんです。数時間だけ、お願いします!」
 半泣き顔の後輩の勢いはすさまじく圧倒される。事情を知る他の社員まで透真に頼み込んできた。
 パーティは嫌いではないし、後輩のかわいらしいプライドを守るためにも協力してあげたいけれど、透真には誰にも言えない『家庭の事情』があった。
 同居人が自分と長時間離れることを嫌うのだ。
 あの完璧主義のへそ曲がりは透真に対して必要以上に心配性だった。自分を想ってのことなので嬉しいけれど、世間に疎いだけに時と場合によってはそれが面倒事を引き起こす。
 以前、職場にまで現れ、度胆を抜かれすぎて心臓が止まるかと思ったものだ。最近はきちんと連絡を入れれば渋々ながらも理解を得られるようになったが、今日は早く帰ると言ってあっただけに機嫌が悪くなること必至だ。
 けれど、自分を頼りにここまで縋ってきた後輩を放り出すのは鬼のような気がする。恋人と別れたばかりで話し相手も欲しいだろうし、普段仕事もがんばっている。同居人には連絡を入れておけば、それほど怒らせずに済む――と思った。
 しかし同居人は電話に出ず、メッセージは送ったもののその後、スマホを後輩に預けてしまったので返信があったのかどうかすらわからない。
 とにかく彼女があと一杯飲んだらお開きを申し出よう。
 後輩がプライドをかけた相手はとうの昔に店を出ていたし、愚痴もだいぶ聞いてあげたのでお役御免なはずだ。それにこの服を早く着替えたい。彼女の元恋人のサイズで申し込み済だった貸衣装を着せられていたのでちょっと合ってないのだ。
 ところが彼女はいつまで経っても戻ってこなかった。腕時計をあてにしていた女性も少し前にいなくなってしまい、正確な時間が分からないが十五分は経過している。
 それほど広くはない店だが今日は満席状態だ。辺りをざっと見回しても姿は見当たらず、立ち上がってカウンターの方を見てみたが死角になっていて見えない。お手洗いだとしても長すぎる気がする。
 まさか何も言わずに帰ってしまったのだろうか。
 そんな不義理なタイプではないし、そもそも彼女のパーティーバッグは席に置いたままだ。ただ、酔いが回っていたので可能性がゼロとは言えない。
「あの、連れが戻ってきたら入れ違いになってるだけだから待ってるよう伝えていただけますか」
 透真は隣席の人たちに言づてをして、彼女のパーティーバッグを手にして席を立った。
 念のためドリンクを注文しに行ったカウンターを確認しようと近づいていくと、大きな赤いリボンがちらっと視界に入った。ほんの一瞬しか見えなかったがその姿はカウンターより向こうの店の奥へと消えていった。
 胸がざわめく。
 これは嫌な予感でしかない。
「すみません。今、店の奥に連れが入っていくのを見たのですが」
 カウンターの店員は忙しそうなので、近くにいた店員を捕まえて声をかけた。
 線の細い若い男性店員は怪訝そうに透真を見た。
「関係者以外の方は入れませんが」
「もちろんそうだと思います。ですが酔ってたので間違って入っちゃったのかもしれませんし、確かめていただけませんか?」
 一般男性より背の高い透真は少し威圧感がある。それを和らげるため申し訳なさそうに微笑むと、店員は渋々ながらもカウンター下のドアからくぐって向こうに入り、その奥を見た。カウンター越しに覗こうとする透真を店員は目で牽制してくる。透真はもう一度微笑みかけて質問してみた。
「いませんか?」
「いないですよ」
「そこから外に出れたりします?」
「ええ、まあ」
 店員の不審感がピークに達している。これ以上は答えてくれなさそうだ。
「どうもありがとうございました」
 丁寧に頭を下げると、透真は店の表口から外へと出た。
 黒づくめの衣装に黒マント、片手に女物のパーティバッグだなんて不審者もいいところだが気にしてられない。
 カウンター奥の位置からすると裏手の路地だろう。通りをぐるりと回り、細い路地へと入っていく。表通りの喧噪が嘘のように静かで街灯だけが目立っていた。
 遠目に人影があり、後輩のあの大きなリボンらしきものが見えた。
 すぐに駆け出したが、別の誰かの姿が重なるように見える。その振り上げた腕にある腕時計が街灯の明かりを反射してみせた。近くの席にいたあの女性の腕時計だ。
「おいっ」
「いやぁッ!」
 透真の叫びは、後輩の短い悲鳴にかき消された。
 まさか――嫌な予感というのは当たってしまう。
 あの女性が後輩の体をがっしりと捕え、その首に噛みつこうとする長く鋭い牙は人間とは思えない――ヴァンパイアだ。
 後輩の皮膚を破る寸前、透真は女の肩を強く引き、こちらに向いた腰を容赦なく蹴り払った。
 突然支えをなくし、よろける後輩の体を受け止めたがぐったりとして意識がない。噛まれる前に止めたことなど関係なかった。あんな化け物を見たら誰だって気を失いたくなる。
 透真は体勢を立て直した女をあらためて見た。
 人間の姿をしているとはいえまさにヴァンパイアだ。後輩が可愛いと評していた要素などどこにもない。口裂け女かと思うほど開いた口に並ぶ歯はすべて鋭く尖り、人間でいう犬歯が下唇に触れるほど伸びていた。眉は吊り上り、剣呑な瞳が透真を見据えてぎらぎらと光っている。
 あの蹴りぐらいで応えるわけがないのは分かっているが、正体を知られても逃げないということはまだやる気なのだろうか。小さいとはいえバッグを持ち、意識のない後輩を連れたまま透真が応戦するにはハンデがありすぎる。
「本命みずから来るなんてツイてるわぁ」
 女はにやりと笑う。声だけ聞くといたって普通の若い女性だ。
 しかしこの目つき、凶暴な肉食獣に狙いを定められたらきっとこんな感じなのだと毎回思うけれど、産毛が総毛立つようなこの気色悪い感覚に慣れたくはない。
「まさかと思うけど、オレ?」
「よく分かってんじゃない」
 声高に笑う女は余裕ありげだ。