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私の読む「源氏物語」ー84-手習3-1

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 とこの物の怪のような物を見せると、老人は、
「これは狐の仕業です。この木の根本に狐はときどき変なことを致します。一昨年の秋も、この近所に住んでいます人の子供で、二歳程になったのを奪って、この木の下にやって参りましたけれども、そのような事は見馴れているので、その子供の時も私は見ても驚かなかったです。こんな物の怪騒ぎは、ここでは始終あるから、驚くことではありません」
 といともあっさりと言うので、阿闍梨は、
「ではその子供は死んだのか」
「いいえ生きております。狐は人を脅かしますが、何も出来やしません」
 と言う言い方は、このようなことに何回も経験して今では何とも思っていないようであった。
「それならば、そのような物の怪がした行為かよく見てみなさい」
 と怖がらない大徳を物の怪の傍らに呼び寄せた。
「物の怪の鬼か、魔性の神か、狐か、それとも木霊か。天下で一番の修験者か居られるのに、正体を隠しても無駄なことだ。白状するのだ」
と、物の怪の衣を引きはずすと、物の怪は顔を袖の中に入れてて泣き出した。その姿を見て大徳は、
「さて。性悪な木霊の鬼め、このまま最後まで正体を隠せまいぞ」
と言いながらこの物怪の顔をみょうとするとき、彼は昔いたという目も鼻もない、比叡山延暦寺の文殊楼の目無し稚児と言う鬼であろうかと、気味が悪いけれども大徳は自分の願力を人に見せようと、この者の衣をぬがせようとすると、このものは下向きに臥せって周囲に聞こえる声をだして泣く。
 大徳は、
「この者がなんであつても、このような奇怪なことは世間にあることではない」
と言って正体を見届けようとする。そばにいた阿闍梨が
「雨がひどくなってきた、その者をこのままにしておいたら死んでしまうだろう。なんとかして、その木の下から垣根のそばに連れて来よう」
と言う。僧都は、
「これは真の人間である。その人が目の前で、命が絶えようとしているのを見捨てておくようなことは、無慈悲の罪である。池に泳ぐ魚、山に鳴く鹿でも、人に捕獲されて天命を全うせずに殺されようとするのを見ていて、それを助けてやらないとすれば、それは悲しいことであろう。人の命は長いものではないが、例え余命が一二日であっても惜しまなければならない。恐ろしい変化の鬼にも魔性の神にも取られたり、悪い奴らに家を追い出されたり、曲がった人に欺かれ騙されて、物の怪の仕業ざと思う人は、普通でない死にかたを当然する運命にあるように思う。だがそうは言っても、佛が必ずお救いになる。この者もこのまま捨置かないで、少し薬湯などを飲ませば命が助かるかもしれない、それまでして死ねば致し方がないことである」
 と言って、大胆な大徳に、この気味悪いものを抱き入れさせるのを弟子達は、
「軽々しい行動である。大層苦しんでおられる母尼の近くに」
「変な者を引きずりこんでこの者が死にでもすれば、穢れが必ず発生する」
と非難する弟子もいる。また
「よろしい、お化けでも構わない、生きているものを目のまえにして」
「このような雨に放って置くとは最大の無慈悲と言うものだから助けてあげよう」
などと弟子達は各人思ったことを言う。下働きの者達は特に喧しく騒ぐ連中であるから、出入りの少ないこの院の人目にたたない陰の方にこの問題の人を寝かせた。

 僧都の母の尼を乗せた車が、宇治院の中門に到着した。母尼が降りようとするが病のために苦しくて降りれないので、女房達は大騒ぎする。その騒ぎがある程度収まると、僧都は、
「先程の人は、どうしている」
と弟子に問いかけた。
「全く弱ってしまっていて、物も言わず、正気をなくしています」
 と答えるのを、僧都の妹の尼が聞きとがめて、「なんのこと」
僧都は、昨夜の不思議な出来事を妹に語り、
「自分も六十を越す歳になって珍しいものを見たもんだ。」
 妹尼は話を聞くと、
「初瀬寺で嬉しい夢を見ました。言われている人はどのような人かな先ず様子を見よう」
と涙を流して言う。僧都は、
「すぐこの東の引き戸の所にその人は居ますよ。早く行ってみなさい」
 妹尼は急いで行って見ると、誰も側に寄り付かず、転がされていた。妹尼がそっとのぞいて見ると、まだ若い美しい女で、織りだした模様のある白い立派な綾絹の袿を下着の上に着て、紅の袴を着けていた。袿に焚きしめた香は上品な薫りを周囲にまいていた。妹尼は、
「私の恋しい娘が冥土から帰って来てくれたのだ」
 と、泣きながら女房達を呼んで、この女を奥へ抱き入れさせた。女房達は昨夜の騒動を知らないから恐れることなくこの女を抱え入れた。
 この僧都の妹尼の夫は、右衛門督であった。その間に生まれた一人の娘を失って尼になったのである。その娘は近衛中将の妻になったが、今は亡くなってしまったのである。
 さて、運びこんだ女は、死んだようでもあるが、それでも目を少し開けた時に、妹尼が、
「何か言いなさい。どんな身分の人で、どうしてこの地へ来たのですか」
と、尋ねるのであるが、記憶をなくしているようである。仕方がないから妹尼は薬湯を匙ですくって女の口に流し込んだりするけれども、衰弱のため殆んど死んだ状態である。妹尼は、この女を見つけなければ何事でもなかったのに、中途半端に見つけて連れてきて死にでもすれば、大変なことである。と思い、修験者の阿闍梨に、祈祷を頼む
「どうも私が思っていた通りである。みっともないお世話をなさることである」
 とは言うが、阿闍梨は加持祈祷の前にその土地神のために般若心経を唱え始めていた。
 僧都も祈祷を覗いて、
「この人の状態はいかがかな。正気を失ったのは何者の仕業であるのか、物の怪をよく調伏して正気を失わせた理由を問いただしなさい」
 と言われるが、この人弱々しく死んで行くようであるので、祈祷僧の阿闍梨は、
「気力がありません。関係のない死人の穢れに自分達は此処に留まって出ることもできない。迷惑なことである」
弟子の一人が、
「それても、この人は大変高貴な方のようです」
「亡くなられたら、このような高貴な方をなにもせずにそのまま捨ててしまうのですか」
 と、弟子達は言い合うので、妹尼は、
「煩いことを言うのは止めなさい。この人のことを他人に言うではないぞ。世間の噂になって、煩いことになるから」
 と、僧達の口止めをして、妹尼は母親の尼君の病よりもこの人を回復させる方に力を入れて慈しみ、この女の側に付き添っていた。この女を誰も知らないが、見た目がとても可愛らしいから、看病に当たる女房達全員が、大騒ぎをしで、死なせてはならないと、この人を看病する女房達全員が懸命に世話をするのであった。どうなるか分からなかった女は、ときどき目を開き涙をとめどなく流しているのを見て妹尼が
「なんともお弱りになって、見ていて辛うございます。娘を亡くして悲しんでいる私に、娘の代わりにと、佛が授けてくれた人と思っているのに、その甲斐なく亡き人となってしまったら、なまじお会いしてかえって悲しみが深くなります。前世からの約束で、貴女とこのようにお会いしたのです。体が弱っておられるようですがなんとか物を言ってください」
と、何回も妹尼が言い続けるが、かろうじて、