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私の読む「源氏物語」ー84-手習3-1

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手 習

 浮舟が入水自殺をしたと、山荘のみんなが騒いでいた頃、京の奥、比叡山は東塔,西塔・横川と三つに分れているが横川が最も奥深いところにある。そこに、名は記憶にないが僧正に次ぐ僧官で、何々僧都、とか言って効験の大層尊く、あらたかな僧が住んでいた。八十歳近い母親と、五十歳ばかりの妹がいた。母と妹は昔掛けた願があるので、その願ほどきの御礼参りに、初瀬の寺に参詣したのであった。僧都は親しくしており、また勝れいると思っている弟子の阿闍梨を、二人に付き添わせて、そうして、二人は仏・法・僧の三宝をはじめ、死者の霊に供物を捧げたり、読経する仏供養と経供養とを勧業した。供養に関する事などを沢山して帰る道に南都の般若寺の側を通る奈良阪を越える頃から、母親の尼君が体調を崩し始めたので、妹尼が、
「母尼がこのように疲れてしまっては、どうしよう」
「小野までの残りの道中はとてもご無理のようで」
 と、供の者が言う、どうしようと心配しながら、宇治近くの知り合いの家があるので、泊めて貰って躯を休ませるのであるが、一晩休んでも一向に好転しないでひどく苦るしむので、その事情を横川の息子の僧都の許に連絡をした。僧都というのは、一年・十二年・千日の山籠もりという山寺に参籠して修行する行があり、この僧都も、今年中は、山から里に出ないつもりであると、意思固く考えたのであったけれども、今日明日とも知れない命の終りの状態である母親が、旅の途中で、今亡くなるのかと、病が重いという知らせに驚いて、修行を諦めて山を下り、弟子を連れて宇治に向かった。年齢からいえば惜しまねばならない歳でもない母尼ではあるが、僧都自身も又連れてきた弟子の中にも霊験あらたかな修験者が居て、病平癒の祈祷を大声で唱えるのを、この家の主人が聞いて、
「私は、金峰山に登って参詣する精進をしている者です、大変なお歳の母尼が、病が重いと聞きましたが如何ですか」
 と、家の主人は死なれでもしては大変であると、死の穢れを気にして言うので、そのように主人が言うのは尤もなことであると、僧都は気の毒に思い、しかもその家たるや大変狭くてきたなく、むさ苦しくもあるから、母尼を小野の里へ、ぼつぼつ連れ帰なければと思うが、天一神(中神)が塞がっているので、住居のある小野の方角は、当然忌み避けなければならないのであったから、もとの朱雀院の所有していてかつて宇治の院と言った所がこの近くであったと、僧都が思いだして、幸いなことにその院の管理人を僧都がよく知っている人であったから、
「一両日宿泊したいと思う。都合はどうか」
 と頼みを言いに使いを送ると、
「初瀬に院守達一家は昨日参詣に出てしまって不在なのです」
 みすぼらしい留守居の老人を、呼出して連れて来た。この老人は、
「御越しなされまするならば、早速どうぞ。今では寝殿が空いてます。初瀬や奈良の方に参詣の方は、この院に始終宿泊されます」
 聞いて僧都は、
「それは好都合なことである。官有地であるが、人もいないようだし遠慮がないよ」
 と様子を見に人を送った。この老人はこのような宿泊人を常時世話をしているので簡単に部屋の準備をしてから又迎えに来た。
 尼君達より先に、まず僧都が弟子の僧達と宇治院へ移った。長年無住のために大変に荒れた邸で、気持ちが悪い処だなと僧都は一見したときに思った。
そうして、
「大徳達よ物の怪佛に経を読むように」
 と弟子の僧に言う。初瀬に尼母と娘尼につき添うた、阿闍梨と、同じような風体の僧都の供をして横川から来た弟子のもう一人が、どんな事があるのか、先導をしていた若い弟子に松明を付けさせ、普通の人ならあまり行きたがらない寝殿の裏に行った。森かなと思われる鬱蒼と茂った木の下に僧達は、気味悪げな場所であるなあと思い、じっと見つめた時に、奥まった所に、白い何かで広がっているものが見えた。阿闍梨が、
「あれは何だろう」
 と立ち止まって松明の明かりをより明るくして白い物を見ると何かがそこに坐っているように見えた。弟子の一人が、
「狐が化げているのか。憎いやつめ。正体を見届けてやろう」
 と少し白い物に近寄る。もう一人の弟子の僧は、
「ああ、近寄るな。良くない魔性の物であろう。ほうつて置け」
 と言って、そのようなよからぬ魔性の物が退散する印を結びながら尊勝陀羅尼などを誦し、恐ろしいものの、然しながら、祈り続けて、相変らずやっぱり物体を見つめている。阿闍梨は、その物体に頭の髪が、もしもあるならば、恐怖のために、きっと太るという気持がする程なのに、
松明を持っている若い弟子は恐ろしくないのか、ずかずかとその白い物に接近して、遠慮会釈もなく、その様子を見ると、女で髪は長くて艶々として、この大きな木の根本に体を寄せて大変辛そうに泣いていた。この僧は、
「滅多にない事でこさりまするなあ。僧都のお方に、この女を御覧に入れたらいかがですか」
「その通り、不思議な事である」
 と言って、一人は僧都の所に行って、いかにも、かようかようの事がござりますると、伝えた。
 僧都はそのことを聞いて、
「狐が化けて人間になるとは昔からよく言うところであるが、私はまだ見たことがない」
 と言ってわざわざ降りて寝殿の裏に物の怪の女を見に行く。母の尼がこの宇治院へ移るので、この院の下働きの者達の中でしっかりした者は、離れている御厨子所と言われている別棟の台所に、僧都達への食事の用意をしている。従って、僧都の、今いるあたりは、僧都の弟子達の外に、誰もいないのである。今回のように突然の来訪であるから急いで用意しなければならないので全員が御厨子所に張り付いて準備をしていた。そのような訳で弟子の四五人が僧都の周りにいるだけで、僧都はこの大木の下にある怪しい物を見るけれども、もとの通りで動きもしない。僧都は不思議なので、時間が経過するのも忘れていつまでも見ている。早く夜が明けて欲しい、そうすればこの怪しい物が人間か物の怪かがはっきりするであろうが、正体を見てみたいと、僧都は心の中で物の怪が正体を現わすような効験を持つ真言陀羅尼を読誦し印を結んで、物の怪か人かとためして見るうちに物の怪ではないと、確信したのであろう、
「これは人間である。怪しい物の怪ではない。側によって誰か尋ねて参れ。死んだ者ではあるまい。もしかすると、此処の死んだ者を捨てたのが息を吹き返したのかも分からない」
 と弟子に言う。
「どのような訳で、死んでいるような人を、この宇治院の地内に、人が捨てましょうか、そのようなことはあり得ませんのに」
 弟子が言う、大徳は、
「もしもこれが本当の人間であるとしても、狐か、人に害をする木の神などのものが誑してここに連れて来たのではありませんか」
 阿闍梨が、
「大変に、ここに死人のある事は、困ったことです、病気の母尼のためには、穢れが当然あるはずと思いますが」
 と言って弟子は僧都に言って大声で先刻いた留守番の老人を呼んだ。その声が山彦となって返って来るのを聞いても恐ろしい。老人の宿守は見苦しく烏帽子を阿弥陀に冠って額を広く出して出て来た。阿闍梨は、
「ここに若い女が住んでいますか。このような不思議なことが起こっています」