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私の読む「源氏物語」ー73-早蕨

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 と薫が何かを隠しているとばかりに匂宮は
薫にまた言うのである、薫の話に言い残りがありそうに、重ねて尋ねるのは、匂宮の自分の行動から人もそうであろうと判断する彼の悪い癖である。馨を疑ってはいるが物事を正確に理解する心があるので、薫の悲しい心を晴れ晴れしようと、薫の暗い哀愁を吹き飛ばすような面白い世間話をするので、薫はなんとなく心が軽くなっって、胸一つに鬱積して解け難い懊悩などを少しずつ匂宮に語り始めると彼自身も気が晴れて胸が軽くなった気持ちになった。匂宮も中君を近く京に迎えよと考えていることを薫に話すと、
「それは良いことで中君も喜ばれましょう。今のように貴方の薄情で中君が心配苦労するのは、中君を貴方に紹介した私の責任でもありますから私は少々むかついていました。諦めきれない大君の形見を、今は中君の外におられないので、色恋ということではなく普通に、お世話をしなくてはと中君のことを心配していましたが、それを貴方は私が中君に気があるのではないかと思ったのでしょう」
 といって、薫はその後匂宮に、かって大君が自分の替わりに中君を妻としてくれと言われたことを簡単に話したが、大君の処へ夜這いを懸けて間違って中君と共寝をしたことは言わなかった。それでも心には、中君を私と同様に考えて下さいと、大君が言ったとおりに大君の身代りのように考えて、自分が匂宮の考えているように中君を京に移して、中君を北方として世話すべきなのであった。と、悔やむが、今さら悔やんでも仕方がないことで、常に中君のことを大君の頼みを実行していると考えれば、中君への恋心は馬鹿らしいことと彼女は断念した。

 薫は中君への恋心は断念したが、中君が京の匂宮の御殿に引越することの色々のことを中君の相談にのって世話をする者は薫の他にいないので、中君の京引っ越しの準備を自分の手の者を指示して始めた。
 宇治でも綺麗な若い人や、女童などを求人して、女房達は都の出ることが出来るので満足そうな顔をして、引越を急ぐように考えていたが、中君は、読人不知「いざこゝにわが世は経なん菅原や伏見の里の荒れまくも惜し」。(さあここで私の生涯を過ごすことにしよう。この菅原の伏見の里が荒れてしまうことが惜しいから)の歌を思って匂宮に逢うまでは、この地に住みはてる決心であったこの宇治を、見捨てた後に荒れてしまうことが気になって、嘆き心配し続けていた。たとい、そうであるとしても、しいて強情を張って、世間から絶縁して宇治に籠もっても、大した事があるはずはなく、また匂宮が、このまま宇治に住むならば、二人の縁はきっと切れてしまう、そのことに貴女はどう考え決心しますか、と中君に事あるごとに言うのにも一理有りと、中君は考えが纏まらない。
 匂宮から引っ越しは二月の一日(朔日)頃にという通知があったから、その日が近づく頃に中君は、庭の花も莟をつけ始める頃、咲くのを見たいし、山の方の霞がかかって見応えがあるのを見捨てて、伊勢の歌ではないが
帰る雁を見て詠んだ「春霞立つを見捨てゝ行く雁は花なき里に住みやならへる」(春霞が立つのを見捨てて帰っていく雁は、花がない里に住み慣れているのであろうか)と思い、自分は元々は京の生まれであるが、その邸は火事で焼けてしまい、たとい都に移るとしても、匂宮の御殿なのであるから、せめて自分の古里であればまだしも、自分の永久に住む所でもない旅の宿では、どんなに遠慮があってきまり悪いであろうし、また人から笑われ者になる事もあることだろう。と万事につけて気が引け、自分一人で悩んでいた。
 大君の喪も、期限がある事で、大君の死は去年の十一月喪は三カ月。二月には除服となる。喪服も脱いで除服の祓をするのも、三カ月では、薄情な気がする。
「母親は中君誕生の折に没したので顔さへ覚えていない、だから恋しいとは思わない。その母の代わりに今度の喪服を、母親のようにとも考えて、色濃く染めて父母の喪の重服にしたい」
 と中君は言うが、姉のために重い喪に服するとは理由のない事であるから、物足らなく悲しい事がこの上ないのである。喪明けの禊ぎのためにと薫から、除服の祓に川辺に行くための、車や前駆の人達、陰陽博士などを、宇治に送ってきた。薫は、

はかなしや霞のころもたちしまに
       花の紐とく折も来にけり
(月日のたつのは、早いものである。中君がかつて喪服(霞の衣)を裁ち縫うて召した間に、震が立ち、花が紐を解く(除服して常の服を着、匂宮に逢う)ような時節も、来てしまった)

 「花のひも解く」と歌にあるように、色々と、立派な衣裳を綺麗に調製して中君に贈ってきた。引越の時の祝儀の物などは大層な物でない物から、身分によって、不都合のないように配慮して、沢山贈ってきた。それを見て女房は、
「折々に付けて忘れなく中納言様の心付けがありがたい」
「兄弟でもここまではしませんね」
 と女房達は中君に話すのである。老女房達は、このような実生活向きの薫の気遣いを、心にしみじみと感銘して、有難い事と中君に申しあげる。若い女房は、
「時々しか来られないが、中納言を見馴れなされて、いよいよ京の匂宮の御殿に移って、境遇が変わられるのでは」
「淋しいことでしょう」
「中納言を恋しく思われるでしょう」
 と話し合っていた。
 薫は中君の京への出発が明日であると言う日の早朝、宇治の山荘に暇乞いに訪問した。
例によって客間の方に、薫が案内されて、もしも大君が存命であるならば、時がたつにつれて彼女も打ち解けて今頃は私に馴染んで、自分の方が匂宮より先に大君を都に移したことであろうと、大君の在りし日の様子や言葉を思い出して、とうとう体は許されなかったが、それでも自分を疎外したり、自分にきまり悪い目に逢わせたりしなかった。そんな彼女に自分のはっきりしない心一つで隔たりを付けてしまった。薫はこの山荘も見納めになると胸の痛い大君との思いをたどっていた。
二人の姫を垣間見た障子の穴を思い出してその穴に寄って覘いてみるが、部屋の中に簾などを垂らしているので何も見えずがっかりする。

 女房達も大君のことを話して悲しんでいた。中君は誰よりも姉のことを忍んで涙を流し、明日京への出発はとても無理のようであり、気の抜けた状態でぼんやりと思いつめて横になっていた時に、女房を通して薫は、
「長い間に積もり積もった話は、どの話がどうと言うこともないが、話してしまわないと胸のつかえが取れないですからねえ。その一部分でも、貴女にお話をしないと私の気持ちが収まりません、だからいつものように、中途半端な応対はやめてください。姉君も亡くなられたので、今はこの山荘も別の世界の気が致します」
 と言うと、中君は、
「私の応対が薫様に中途半端とは思っていませんが、只今は気分もいつものようでありませんし、ずっと取乱していて、つまらぬ違った事でも口から出るのではないかと、常よりも気にしています、ですから対面することが出来ません」
 と苦しそうに言う。女房が、
「対面しないと失礼に当たりますよ」
 とあれこれと中君に注意したので、中君は、