小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー73-早蕨

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
早 蕨


 布留今道の歌に
「日の光藪しわかねばいその上古りにし里に花も咲きけり」(日の光は草薮(くさやぶ)だからといって分けへだてをして照らさないようなことはないので、石上の古くてさびれた里にもやはり花は咲いたよ)というのがあるが、その通りで、山荘に春がやってきた気配を感じられると、一人残った中君は、どうして死にもしないでこのように生きているのであろうと、大君の亡くなってからの月日を夢を見ているように感じていた。四季が変わる度に花のいろ、鳥の囀り姉大君と同じ気持ちで感じていたのであるが、つまらぬ題材で作る歌も互いに上の句下の句と分けて言い合い、なんとなく心細いこの浮き世のことも姉と話して寂しさを忘れていた。だが今は姉もなくなり面白いこと悲しいことを話す相手もないし分かってくれる女房達もいない、彼女はそんな毎日の寂しさを、父宮が亡くなったことよりも姉の大君が亡くなった方が哀しみは強く感じて、姉が恋しく、このような現状をどうして抜け出そうかと、日夜考え続けるのであるが、人の命は宿命で何時死ぬとは決まっていないので姉の後を追うことは出来ないのである。そんなとき山の阿闍梨から、
「年が新しくなって何か変わったことでもありましたでしょうか。貴女の長命の祈祷は欠かさず続けています。」
 という文と共に、蕨やつくしんぼうを綺麗な箱に入れて、
「これは、堂童が摘んで私に持ってきた初物であります」
 と書いてあった。筆蹟は大変下手で、歌は
わざとらしく一字一字はなして書かれてあり、女房に、

君にとてあまたの年をつみしかば
        常を忘れぬ初蕨なり
(中君にと考えてさし上げまする。父八宮御在世の頃から幾年も、毎年、春になる度に、かつては摘んでさし上げたから、父宮が亡くなられても、本年も、常の佳例を忘れない、初蕨である)
 中君の前で読んでください」
 と書いてあり、阿闍梨が歌などを、平素は詠まないから、一所懸命に考えた上で詠み出したのであろうと、中君は思い、苦しんでひねり出した事も歌の趣旨も、共に心に深く感動するので、あの、よい加減であり、私をそれ程熱心にも思いもしない薄情者の作ったような言葉を送ってくる匂宮の文よりも、遙かに立派で心がこもっていると涙がこぼれてきたので、女房に返事を書かせた。

この春はたれにか見せんなき人の
     かたみに摘める峰のさわらび
(父宮が他界なされた、山寺の峰の蕨であるから、姉君と一緒に、父宮の形見と、今までは見たけれども、姉君の亡い今年の春は誰に見せようか、御身が、亡き父宮の形見として摘んだ峰のさわらぴを)

 山寺からの使いには褒美を渡した。中君は若い女の盛りで、つやつやとした豊かな美しさが、姉との死別、匂宮の冷淡などの心配事が多く、そのため少し痩せた感じがするのが、かえって高貴な姫という艶やかさが優れて見え、大君に似てきたような様子である。かって姉妹が並んでいると、それぞれ別にそんなに似ているとは思わなかったが、大君が亡くなられたことをふと忘れてしまった人は、大君がいますとまで思うほど似てきた。女房は、
「薫中納言殿が大君の亡骸がせめて虫の抜け殻のようにこの世に残って見ることが出来たならば、どんなに嬉しいことであろうと、朝に夕にと大君を恋い慕われておられるのを」
「大君・中君の、どちらが薫に嫁いでも同じ事であるならば、どうしてこの中君が、薫の北方となられるのが宿縁であったのではなかろうか」
 中君を見て女房達は悔しがる。こっそりと
薫の家司の人が、山荘の女房と出来てその女房の許に通って来る機会に、色々と消息を語り合うので、中君も薫もお互いに事情はよく分かっていた。大君のために薫は今もってぼんやりとして大君のことばかり思って涙を流していて、新年というのに涙目であると、中君は聞いて、薫の家司が若い女房などに語る通り、彼の姉大君への思慕は、その場限りのものでなく永遠に続くのではと、今になって一層薫の情愛の深さが分かるのであった。 匂宮は宇治に来るということは身分が親王ということで、色々と差し障りがあり、容易ではないから、中君を京に連れ行くことにしようと決心した。

 正月の二十一・二十二・二十三日頃の子の日、仁寿殿に文人を召して内々に行われる宴
である内宴や正月の忙しい催し物が一段落し
て、薫は、心の中にわだかまって困っている大君の事は、匂宮の他に話すことが出来ないと、思って彼の処へ訪問した。しっとりとした夕暮れ時であったので、匂宮は廂の端に出てぼんやりと庭を眺めていた。手には箏の琴を持ってゆっくりと弾き、愛玩している目前の梅の香りを愛でていた。その紅梅の、まだ咲き出さない下枝を折って、薫が匂宮の側に寄っていくと薫の独特の良い香りの体臭がして吉祥と感じて匂宮は可笑しく、

折る人のこころに通ふ花なれや
     色にはいでず下ににほへる
(折る人の心に似通うている花なのであろうか、紅梅は、表面には咲き出さないで、裏面に香を包んでいるのであった)

 薫が宇治に通うので、匂宮は、薫と中君との間を疑って、歌の中に薫が中君を手に入れていると冗談のように言った。それに答えて薫は、

見る人にかごと寄せける花の枝を
      心してこそ折るべかりけれ
(眺めている者に、言いがかりを寄せつけるのであった花の枝を、いかにも、その積りで、私は当然、折るべきなのであった)
 その邪推はどうも、困った事でござる」

 と匂宮に冗談で返歌した。薫と匂宮はやはり仲のよい従兄弟である。いろいろと世間の噂話が終わりあの宇治の山里のことに話が入ると、先ず、匂宮が
「宇治はどうなっているのか」
 と尋ねる。薫も大君の亡くなってしまった後遺されたことが心残りが多く、悲しい事や、大君の亡くなったってから今日まで、追慕の思が季節の変わる度につけて、しみじみと悲しく寂しくもと泣いたり笑ったりして匂宮に胸中を語る。匂宮は薫よりも多情のようで、涙脆い性質であるから、自分の身の上は勿諭薫身の上話にさえ同情して涙を流して袖を濡らし、本当に薫には話し甲斐のあるように座をとりもって受け答えをするのである。空も匂宮が薫に同情して涙を流すように、薄曇りになり雨を降らすようである。夜になって風が厳しく吹き付けてきた、春だというのにまた冬に戻ったように寒くなり、大殿油も風に吹き消されて闇の中は、躬恒が詠う「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるゝ」(春の夜の闇は筋道が立たないことをするものだ、梅の花は、色が見えなくても香りは隠れようもないのだから)のように梅の香も両人の身の香も匂いは消せないが御互の顔もわからない状態になってしまったが、そのような状況でも両人の話は闇だからと言って途中で止めることなく、そしてお互い解決も出来ずに夜が更けていった。匂宮は、
「世間ではそこまで行って体の関係もなく潔白であった、なんて想像も付かないことをお前達二人はやってのけ、そして大君とは親睦が続いたのだなあ。だが正直に言ってみろよ、たとい大君との間が潔白であったと言っても、何か少しばかりは、そう肩を抱くとか、手を握るとか潔白ではないのであったであったろう」