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私の読む「源氏物語」ー18-

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「亡くなりました葵を、まことに忘れることがなく今でも悲しんでおりますのに、さらにこの度の婿殿の事件、もし葵が生きていましたら、どんなに嘆き悲しんだことでしょう。考えてみると葵は早死にして、今回の悪夢としか言いようのないことを見ないで済んだことだと、自分では僅かに悲しい心を慰めております。あどけない孫がこのように年寄たちの中に残されて、父や母に甘えることが出来ない月日が重なって行くのであろうと、何事にもまして悲しうございます。昔の人も、本当に犯した罪があったからといっても、貴方のような罪科には処せられたわけではありませんでした。やはり前世からの宿縁で、異国の朝廷にもこのような冤罪に遭った例は数多くありました。けれどそれ相応に罪に問われる根拠があって、無罪にもかかわらず罪になったのでしょうが、貴方の場合はどのような点から見ても、罪となる事柄が思い当たりません」
 などと、左大臣は数々と源氏に話される。 葵の兄の頭中将がこられて、お酒などを飲むうちに、夜も更けてしまったので、源氏は泊まることになり、大臣は源氏と顔なじみの女房たちを呼んで昔話をさせる。その女房の中に以前に密かに関係をしたことのある中納言の君というのがいて、何かと昔話をしているが、彼女が言葉に尽くせないほど悲しく思っている様子を、源氏はいじらしくおもう。やがて女房たちが皆寝静まったころ、二人は一つ床に臥して睦言を交わし体を求め合った。これでしばらくは逢うことも出来なくなるのだという感情からお互いの体が燃え上がり眠ることなく有明の月がさすまで何回も求め合った。源氏はこの女と一夜を懇ろにするために泊まったのであろう。
 夜が明けてしまいそうなので、まだ夜の深いうちにお帰りになると、有明の月がとても美しい。花の樹々がだんだんと盛りを過ぎて、わずかに残っている花の木蔭が、とても白い庭にうっすらと朝霧が立ちこめているが、どことなく霞んで見えて、秋の夜の情趣よりも数段勝っていた。隅の高欄に寄り掛かって、しばらくの間、物思いにふけっていらっしゃる。
 中納言の君、お見送り申し上げようとしてであろうか、妻戸を押し開けて座っている。
「送って下さるのか、この後再び会うことはとても難しいと思う。この度の事件で須磨の里に行こうなどとは思いもよらないことであった。こんな事になるのだったら気安く逢えた月日があったのにおまえを放って置いて、申し訳ないことをした」
 などと源氏が言うのを聞いて中納言は何とも返事のしようがなく涙を流すばかりであった。
 若君の乳母の宰相の君を使いとして、葵の母の内親王宮から挨拶があった。
「わたくし自身でお見送りをしたいのですが、目の前が眩むほど今回の貴方のことで悲しみに取り乱しております。たいそう暗いうちにお帰りあそばすというのも、以前にはなかったことで、少々おかしな感じばかり致しますこと。貴方の幼子が眠っているうちに逢うこともなく早々と帰られるとは」
 という言葉に源氏はふと涙を流して、

 鳥辺山燃えし煙もまがふやと
   海人の塩焼く浦見にぞ行く
(あの鳥辺山で焼いた葵の煙に似てはいないかと、海人が塩を焼く煙を見に須磨に行きます)
 返事というわけでもなく口ずさんで、
「暁の別れとはこんなに心に響く辛いものであることを、経験のある方もいらっしゃることでしょうが」
 と源氏が宰相の君に言うと、
「だいたい別れという文字は悲しくて嫌なものだと皆が思いますが、今朝はやはりこの文字の悲しみをひしひしと感じられます」
 と、鼻声になって、宰相の君は深く悲しんでいる。源氏はその宰相に、
「内親王の宮にお伝え下さい、お話し申し上げたい事をいくつも胸の中で考えておりましたが、いざ言葉に出そうとするとただ胸がつまって申し上げられずにおりました。お察しください。眠っている子は、顔を見るとかえって都を離れることが出来にくくなります、気持ちを鬼にして急いで退出致します」
 と伝言を頼む。
 源氏の退出を女房たちがこっそりと覗いて見送った。
 源氏の退出する姿が、山にかかろうとする月に照らされて、優雅に清らかで、淋しそうな後ろ姿、これを見れば虎、狼でさえ、泣くにちがいない。まして、葵と結婚した子供だった時から世話をしてきた女房たちなので、譬えようもない今の源氏の境遇をひどく悲しいと思った。
 亡き葵の母内親王の宮からの返歌は、

 亡き人の別れやいとど隔たらむ
     煙となりし雲居ならでは
(亡き娘との仲もますます遠くなってしまうでしょう、煙となった都の空のではないのでは)
 葵の死と源氏の都離れとを重ねて、悲しさだけが残り、源氏が帰った後左大臣邸の女達の悲しみの泣き声が屋敷中に流れていた。

 源氏は愛する正妻の紫の上が待っている二条院の我が家へ帰宅した。主人の源氏が帰宅しなかったためか、自分の世話をする女房たちも、眠らずに待っていたらしく、あちこちにかたまって源氏の今回の決心を驚くばかりだと境遇の急変化を話し合っていた様子である。源氏家の事務を執る家職の侍所では、おもだった者だけは源氏の供として須磨に赴くと決めているので、この者達が個人的に別れの挨拶をしたり旅の用意をしたりしているのであろうか、人影がなかった。その他源氏家の職員達は、源氏と逢うと言うことだけで処罰されるという厄介な事があるので、今までは源氏の家の庭に所狭しと集まっていた馬、車が今や跡形もなく門のあたりは広く寂しい気がする、これを見て源氏は「世の中とは嫌なものだ」とつぶやくと同時に自分の置かれている立場を悟った。
 みんなが食事をとる台盤所なども、大きな食卓の半分は使う人数が減ったのか塵が積もって、畳も所々裏返ししてある。源氏は
「自分がまだ都から離れていないというのにこんなである。ましてこの家から離れた後はどんなに荒れてゆくのだろう」と悲しく思っていた。。
 紫の住む西の対に渡っていくと、格子もおろさないで、紫は考え事をしていたのだろうか夜を明かしていたので、簀子などに紫に従って起きていたのか紫付の若い童女が、あちこちに臥せっていて、源氏の足音で急に起き出し騒ぐ。紫が寝間着姿がとてもかわいらしく、ちょこんと座っているのを源氏は見るにつけても、彼女のこの先が心細く、
「私の都を離れるのが長い年月になったら、この子たちも、紫の側に仕えるのも辛抱しきれないで、散りじりに辞めていくのではなかろうか」
 などと、源氏は日頃考えたこともないようなことまで、細かいことまで心配するのであった。
「昨夜は、左大臣の屋敷に挨拶にまいって夜を明かしてしまいました。何となく変に思っていたのではないでしょうね。こうして二人だけで過ごそうと思ってはみるのですが、しかし今都を離れようとしている私には、あちらこちらに気にかかることが多いので、家に籠もってばかりいられません。このように無常の世に、私が人から薄情な者だとすっかり疎外されてしまうのはとても辛いのです」
 と源氏が紫に話すと、
「このような悲しい目に会っているというのに貴方に、さらに気をつけねばならないこととは、どのような事でしょうか」