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私の読む「源氏物語」 ー8-

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 源氏は今日覗き見したあの小さなかわいい女の子のこととを思っていた。自分は思いがけない可愛い女の子を見つけた、だから自分といっしょに来ている若い連中は旅というものをしたがるのである、そこで意外な収穫を得るのだ。たまたま自分も都をちょっと出て来ただけで、こんな思いがけないことがある、源氏はうれしかった。それにしても美しい子である、どんな身分の子だろうか、あの子を手もとに迎えて逢うことが出来ない藤壺の恋しさが慰められるものなら是非そうしたいと源氏は藤壺によく似たあの女の子を手元に置きたいと深く思ったのである。
 寺で皆が寝床についていると、僧都の弟子が訪問して来て、惟光に逢いたいと申し入れた。狭い山寺のことであるから惟光へ言う事が源氏にもよく聞こえた。
「源氏の君が、こちらにお立ち寄りあそばしていらっしゃることを、たった今、人づてに聞きましてすぐに、ご挨拶に伺うべきところを、拙僧がこの寺におりますことを、ご存知でいらっしゃりながらも、私に隠してお忍びでいらしていることを、お恨み申します。旅のお宿も、分かっておりましたならば、拙僧の坊でお支度致しますべきでしたのに、とても残念なことです」
 と僧都の伝言をした。源氏は惟光を通じて、「去る十何日のころから、瘧病を患っていますが、発作が度重なって我慢できませんので、人の勧めに従って、急遽訪ねて参りましたが、僧都のような方の修法が効験を現さない時は、世間体の悪いことになるにちがいない、普通の人の場合以上に、お気の毒になるものと、遠慮致しまして、ごく内密に参ったのです。今、そちらへも参ります」
 と源氏は惟光に言わせた。
 それから間もなく僧都が訪問して来た。尊敬される人格者で、僧ではあるが貴族出のこの人には正装で逢わなければ失礼に当たるので、こんな軽い旅装で逢うことを源氏はきまり悪く思った。
 二年越しの山籠りの生活を僧都は語ってから、
「僧の家というものはどうせ皆寂しい貧弱なものですが、ここよりは少しきれいな水の流れなども庭にはできておりますから、お目にかけたいと思うのです」
 僧都は源氏に自分の庵に来るようにしきりに勧めた。源氏は先日惟光と僧都の庵を覗き見たさいに、源氏を知らないあの女の人たちに噂に聞いていたのだろうたいそう美しい顔だなんて吹聴をされていたことを思うと、どうも気恥ずかしくて招きに応じるのはどうかとおもうのであるが、例の垣間見た少女のことが詳しく知りたいと思う気持ちが強く、源氏は僧都誘いに乗ってあの坊へ移って行った。 僧都の言葉どおりに庭の作り一つを取り上げても優美な山荘であった。三月の晦で月が上らない頃で、明かりを採るために流れのほとりに篝を焚き、燈籠を吊してある。南向きの室を美しく整理して源氏の寝室ができていた。奥の座敷から洩れてくる薫香のにおいと仏前に焚かれる名香の香が入り混じって漂っている山荘に、新しく源氏という今世間で騒がれている貴人が加わったこの夜を、女たちは胸躍らせて晴れがましく思った。
 僧都は現世は万物消滅する無常世界、来世は万物消滅なく常住世界の頼もしさを源氏に説いて聞かせた。僧都の語るのを聞きながら源氏は、継母である藤壺の宮を恋慕する自身の罪の恐ろしさ、来世で受ける罰の大きさを思うと、そうしたことに捕らわれない人生から遠ざかった僧都のようなこんな生活に自分もはいってしまいたいと思いながらも、先日の夕方に見た小さい可愛らしい女の子が心にかかっている源氏であった。そこで源氏は、
 「ここへ参籠されているのはどなたなんですか、あの方たちと自分とが因縁のあるというような夢を私は前に見たのですが、なんだか今日こちらへ伺って、夢の糸口を見いだしたような気分なんですが」
 と源氏が言うと、僧都は笑って、
「突然に夢のお話ですか。貴方のお尋ねのそれが誰であるかをお聞きになってもかえって興ざめになるだけでございましょう。実は、前の按察使大納言はもうずっと早くに亡くなりましたのでご存じないと思いますが、その夫人が私の姉です。未亡人になってから尼になりまして都におりましたが、それがこのごろ病気にかかり、私が山にこもったきりになっているので心細がって私を頼ってこちらへ来ているのです」
 僧都は源氏に答えた。
「その大納言殿にはご息女がおられると聞いているのですが、私が女好きということでなく真面目にお尋ねします、その方は御息災ですか」
 と源氏あの少女がと当て推量に僧都に尋ねた。


「ただ一人娘がございました。それも亡くなりましてもう十年余りになります。大納言は宮中へ女御として帝のお側に勤めさせたいように申して、非常に大事にして育てていたのですが本人が亡くなりますし、未亡人になりました姉が一人で育てていますうちに、だれが手引きをしたのか藤壺の宮の兄兵部卿の宮が通っていらっしゃるようになりました。それを宮の御本妻はなかなか権力のあるお方で、嫉妬なされて、色々喧しく姪の元にいってこられ、姪はそんなことから気苦労が多くて、兵部卿の宮のことを胸に思い溜めてばかりしたあげく亡くなりました。心配事で人が病気にかかることを私は姪を見てよくわかりました」 聞いていて源氏は「ここに養生する尼君の孫娘は、兵部卿宮の娘で藤壺の宮には姪に当たる女の子」と感動して了解した。
「親王のお血筋なので、あの藤壺のお方にも似ているのであろう」と、ますます少女に心惹かれどうにかしてあの子を世話をしたい。「人柄も上品でかわいらしくて、生意気そうなところがなくごく自然であり、一緒に暮らして、自分の理想通りに育ててみたいものだなあ」と源氏は思った。
「それは尼君はとてもお気の毒な境遇の方でいらっしゃいますね。それで亡くなられた貴方様の姪ごさんには、後に遺して行かれた人はいないのですか」
 と、源氏はおおよそのことは判断できたのであるが、あの少女のことが、もっとはっきりと知りたくて、更に僧都に尋ねると、
 「姪が亡くなりますころに生まれました。それも女です。その子供が姉の信仰生活を静かにさせません。姉は年を取ってから一人の孫娘の将来ばかりを心配して暮らしております」
 聞いて源氏は、夕方かい間見た尼君の涙を思い出した。源氏は
「妙なことを言い出すようですが、私にその小さいお嬢さんを、養女として預けていただけないかと姉上様にお話ししてくださいませんか。私は妻について一つの理想がありまして、ただ今結婚はしていますが、普通の夫婦生活なるものは私に重荷に思えまして、現在はまあ独身もののような暮らし方をしているのです。まだ年がつり合わぬと常識的に判断をすれば、失礼な申し出だと思われるでしょうが」
 と源氏は言った。
「それは非常に結構なお話でございますが、
あの子はまだまだとても幼稚なものでございますから、仮にも貴方様のお手もとへ迎えていただけるものではありません。まあ女というものは良人のよい指導を得て一人前になるものなのですから、あながち早過ぎるお話とも何とも私は申されません。子供の祖母の姉と相談をいたしましてお返辞をするといたしましょう」