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私の読む「源氏物語」 ー8-

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「女好きのお前のことだから、そうさいさい入道を尋ねるのは、その娘に気があるからだろう、お前ならばその入道の遺言なんか何とも思ってやしまい破り捨ててしまうだろうよ」「それでその屋敷の辺りをうろうろしているんだな、詳しいはずだよ」 
 なんて言い合ったりしている。
「でもどうかね、どんなに美しい娘だといわれていても、やはり田舎者なんじゃないか。小さい時からの田舎育だし、頑固な入道に教育されているのだから」
 と脇から批評めいていう者もある。
「しかし母親は立派な女なのだろう。若い女房や童女など、京のよい家で働いていた人などを縁故から連絡を付けて沢山明石へ呼んだりして、たいそうなことを娘のためにしているらしいから、それでただの田舎娘ができ上がったらおかしいわけだから、俺は、娘も相当な価値のある女だろうと思うね」
 とだれかが言う。源氏は、
「どのような考えがあって入道は、海の底まで帝の側室にと深く思い込んでいるのだろうか。海底の「海松布」も何となく変な奴と見ているだろうに」
 と言いながら、どんな女だろうと想像している。こんな些細な事でも耳に入ると源氏は、風変りな女を好む性癖があるので、供の者達は源氏が女に興味を持ったな、と思った。
「夕暮れ近くなったが、発作を起こされないようになられたが、早く帰りましょう」
 と、供の者が源氏に帰館を勧める。それを聞いていた大徳が、
「物の怪などが、憑いている様子でいらっしゃいましたが、消え失せたようではありますが、もう一晩静かに私に加持をおさせになってからお帰りになるのがよろしゅうございます」
 と源氏に申し上げた
「それがよろしゅう御座います」
 と皆が大徳の言葉に賛成する。源氏はこのように旅寝をするのが初めてのことで、とても楽しく明日はなんか好いことが起こるような予感がして供のものたちに、
「では明日の朝早くに」
 と言って家の中に入っていった。


 人の気配もなく、何となく退屈であったので源氏は、夕暮れの立ちこめろ靄に隠れるようにして、昼間かいま見たあの小柴がきを巡らした屋敷の方にいってみた、惟光だけが供をしていた。惟光と二人でそっと覗いてみると、二人が覗いているところが、ちょうど西面にあたり、仏を安置して勤行している、それは尼なのであった。簾を少し上げ、仏前へ花が供えられている。室の中央の柱に近くすわって、脇息の上に経巻を置いて、病のあるふうで経を読む尼はただの尼とは見えない。四十歳ぐらいで、色は白く上品に痩せてはいるが頬のあたりはふっくりとして、目つきの美しいとともに、短く切りってある髪の裾を綺麗にそろったのが、かえって長い髪よりも艶な感じがした。
 源氏達がなおも覗いていると、小綺麗な女房二人ほど、他には童女が出たり入ったりして遊んでいる。童の中に、十歳くらいかと見える、白い袿の上に、山吹襲などの、糊気の落ちた表着を着て、駆けてきた女の子は、大勢の童とは比べものにならず、将来は素敵な女性となるような、かわいらしい顔かたちである。髪は扇を広げたようにゆらゆらとして、顔は泣いたあとのようで、手でこすって赤くなっている。尼さんの横へ来て立つと、
「どうしたのですか、童女達と喧嘩でもしたのですか」
 と尼君が女の子を見た上げた横顔が尼に良く似ているので、源氏は、
「親子だな」
 思った。
「雀の子を犬君が逃がしてしまいましたの、伏籠の中に置いて逃げないようにしてあったのに」
 たいへん残念そうである。そばにいた中年の女が、
 「またいつもの粗相やさんがそんなことをしてお嬢様にしかられるのですね、困った人ですね。雀はどちらのほうへ参りました。だいぶ馴れてきてかわゆうございましたのに、外へ出ては山の鳥に見つかってどんな目にあわされますか」
 と言いながら立って行った。髪のゆらゆらと動く後ろ姿が感じのよい女である。少納言の乳母と他の人が言っているから、この美しい子供の世話役なのであろう。母親と思われる尼は、
「あなたはいつまでも子供で困った方ね。私の命がもう今日明日かと思われるのに、それは何とも思わないで、雀のほうが惜しいのだね。雀を籠に入れておいたりすることは仏様のお喜びにならないことだと私はいつも言っているのに」
 と尼君は言って、また、
 「ここへ」
 と言うと美しい子は下へすわった。
 顔つきが非常にかわいくて、すりおとしていない眉の自然に伸びたところ、子供らしく自然に髪が横撫でになっている額にも髪の性質にも、すぐれた美がひそんでいると見えた。大人になった時を想像してすばらしい佳人の姿も源氏は頭に想像して描いてみた。なぜこんなに自分の目がこの子に引き寄せられるのか、それは恋しい藤壼の宮によく似ているからであると気がついた刹那に、藤壺への思慕の涙が熱く頬を伝わった。
 尼君は子供の髪をなぜながら、
「あなたは、髪を梳かせるのをうるさがるけれど、とても綺麗なよい髪だね。あなたがこんなふうにあまりに子供であるのが私は心配しています。あなたの年になればもうこんなふうでない人もあるのに、亡くなったあなたのお母様は十二でお父様あなたのお祖父様に別れたのだけれど、もうその時には悲しみも何もよくわかる人になっていましたよ。私が死んでしまったあとであなたはどうなるのだろう」
 と言いながら涙を流している。覗き見をしている源氏もその光景から自分もとても悲しくなった。女の子は子供心にもさすがにじっとしばらく尼君の顔をながめ入って、それからうつむいた。その時に額からこぼれかかった髪がつやつやと美しく見えた。尼は、

 生ひ立たんありかも知らぬ
           若草を
 おくらす露ぞ消えんそらなき
(これからどこでどう育って行くのかも分からない若草のようなあなたを、遺してゆく露のようにはかないわたしは死ぬに死ねない思いです)

 と詠うと、もう一人の座っている女房が、「本当に」と、涙ぐんで、

 初草の生ひ行く末も
        知らぬまに
  いかでか露の消えんとすらん
(初草のように若い姫君のご成長も御覧にならないうちに、どうして尼君様は先立たれるようなことをお考えになるのでしょう)

 と詠った。この時、僧都が向こうの座敷のほうから来た。そうして尼に、
 「この座敷はあまり開けひろげ過ぎています。今日に限ってこんなに端のほうにおいでになったのですね。山の上の聖人の所へ源氏の中将が瘧病のまじないにおいでになったという話を私は今はじめて聞いたのです。ずいぶん忍んでいらっしゃったので私は知らないで、同じ山にいながら今まで伺侯もしませんでした」
 と僧都は言った。


 「たいへん、こんな所をだれか御一行の人がのぞいたかもしれない」
 尼君のこう言うのが聞こえて御簾はおろされた。
「世間で評判の源氏の君のお顔を、こんな機会に見せていただいたらどうですか、人間生活と絶縁している私らのような僧でも、あの方のお顔を拝見すると、世の中の歎かわしいことなどは皆忘れることができて、長生きのできる気のするほどの美貌ですよ。私はこれからまず手紙で御挨拶をすることにしましょう」
 と言って僧都が立ち上がるのを聞いて、下司と惟光はそこを立ち去った。