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銚子旅行記 銚子からあのひとへ 第三部

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 1002号車を眺めながら、車両基地の中へ。奥で法定検査を受けているのは、〝2000形〟の2001編成。隅っこに止められている2002編成共々、京王帝都電鉄で活躍後、四国の伊予鉄道に払い下げられた。さらに、それが銚子電鉄に払い下げられたという異色の経歴を持つ。塗装は京王時代の色を再現している。2001編成はライトグリーン一色だ。銚子側の先頭車は丸みを帯びた感じの顔。色も相まって、まるでカエルのような顔をしている。外川側の先頭車は、それと打って変わって非常口が設置された顔。やさしい感じのデザインだけれど、まるでカエルとは似ても似つかない。
 検査中の2001編成も、今は車体をジャッキアップされた上で、台車は取り外されていた。その取り外された台車は、別の線路に置かれていた。検査が終わって塗装も行われたようで、綺麗だった。
 その取り外された台車の先に止まっているのが、2002編成。さっき敷地の外から見えた〝デキ3型〟は、この編成の前に連結されているような形で止まっている。この編成が、1月の事故で脱線してしまった編成だ。こちらはクリーム色の車体にえんじ色の細い帯が入っている。銚子入りした頃はえんじ色の帯がなかった代わりに、銚子駅の近くにあるイオンモールのラッピング電車となっていた。昨年になって銚子側の先頭車の一部に茶色と赤のラッピングが施されて、その部分だけかつての銚子電鉄の塗装が再現された。
 今では車両基地で寝たままのこの2002編成を、復活させようという動きがあった。銚子商業高校の生徒が、インターネットで不特定多数の人から資金を募った。〝クラウドファンディング〟と呼ばれる形での募金は、目標額の300万円を超える額が集まったそうだ。2002編成がまた元気に走る日も、そう遠くないのかも知れない。その時、何かイベントでも行われれば、また銚子へ足を運ぶことになると思う。
 車両基地見学を終え、また駅のプラットホームから1002号車を眺める。車内には、クリスマスの装飾があった。来た時季が時季だけに、〝普段着姿〟ではない。しかし、最後に見た1002号車がそういう姿だったというのも、後々まで印象に残るだろう。そう思って、仲ノ町駅を後にした。
 次は圓福寺が正式名称の、〝飯沼観音〟と呼ばれているお寺に向かう。そこは銚子電鉄の線路の近くにある。そこの最寄り駅は観音駅。よく言えばシンプル、悪く言えば安直なネーミングの駅だ。

 醤油工場の中を歩き、細い道や小さな公園の中などを通って大通りに出る。銚子駅の観光案内所で訊いたのは、仲ノ町駅への行き方だけ。こっちに行けば行けるだろう、といういい加減な考えで歩いている。見覚えがないわけでもない街並みだし、方角も間違ってはいないはず。〝全ての道はローマに通ず〟ではないけれども、何となく、この道を歩いて行けば、〝飯沼観音〟へ行ける気がする。道が分からくなった時は、滅多に鳴らないスマートフォンで調べればいい。
 道に関する問題は、そこまで大きくない。しかし、何とも言えない空腹感に襲われていた。朝食は食べたいものがなかったので、カップうどんだけだった。もしおなかが空いたら、銚子駅までの特急列車で何か買って食べようと考えていた。それが、まさかの車内販売なし。ここまで5時間近く、何も食べていない。さて、この空腹感に、どう対処しようか。
 対策を考えながら街を歩く。すると、〝飯沼観音〟のすぐ目の前にある大きな交差点までたどり着くことができた。すぐ目と鼻の先に、〝飯沼観音〟の山門があった。道を渡って、朱色の多用されたそれに向かって歩く。すぐ近くでは歩行者天国イベントも行われていた。それも気になったけれど、本数の少ない列車の時間が迫っている。なので、そのイベントを見るのは省略。手短に〝飯沼観音〟への参拝をすることに。
 山門をくぐって、短い参道を歩く。その沿いには、小さな茶屋もある。その店先に並ぶ土産物を横目で見ながら、奥にある巨大な本堂へ向かう。本堂の前にある小さな大仏像も写真に撮って、本堂の前の階段を上る。山門と同じく朱色が多用された本堂は、横幅もあれば高さもある。建物だけの形としては、東京は銀座の歌舞伎座に似ている。
 その本堂の中に入る。どっしりとした感じで置かれている賽銭箱のさらに奥に、観音様が祀られている。10円玉を賽銭箱に入れ、その観音様に手を合わせた。わざわざこの場で言っても仕方がないことを願い事として。
 ここはそれほど境内が広いお寺でもない。境内の隅には、〝観音名物焼きそば〟と書かれた食堂があったけれど、シャッターが閉まっている。その上、列車の時間もある。そろそろ観音駅へ向かうことにした。もし駅に着いてから時間があったら、観音駅のたい焼きで小腹を満たすことにしよう。
 参拝を終えた〝飯沼観音〟から観音駅へ向かうには、道路沿いの商店街とも住宅街とも言える所を、五分ほど歩く。通り沿いには、飲食店も並んでいたけれど、どこも開いておらず。そのうちに、道端に〝たい焼き〟と書かれた幟が見えた。実は、そこが観音駅。西洋の洋館風の大きな屋根がついた白い駅舎が特徴で、銚子電鉄直営のたい焼き屋まであるのも特徴。そこは1967年に大ヒットした童謡、『およげ!たいやきくん』にちなんで、その年にオープンしたという老舗だ。
 白い駅舎を写真に撮り、駅舎の中に入って行く。すると、すぐにたい焼き屋がある。たこ焼きまで売っているのも、今の僕には魅力的。食料を調達する前に、改札口の近くに貼ってある時刻表を見てみる。もういくらもしないうちに、次の外川行きの列車が来るようだった。たこ焼きどころか、たい焼きすら買って食べている暇がない。涙を飲んで小腹満たしを諦めた。列車が到着するまで、時刻表とにらめっこして予定を決める。
 犬吠と外川には必ず行きたい。それを前提に、何となくの構想はできている。次の列車で犬吠駅まで行って、歩いて犬吠埼へ行く。そこで海を見たり、昼飯を食べたり。その後は、犬吠駅で土産物を買って、満願寺を経由して、〝地球の丸く見える丘展望館〟へ。そこで海を眺めたり、一休みしたりして、次は徒歩で外川へ向かう。外川では漁港などを見て、外川駅から一気に銚子駅まで戻り、銚子駅の周辺で帰りの特急列車を待つという行程だ。その途中で、本銚子駅や君ヶ浜駅でも降りたいと考えていた。せっかく620円もするフリー切符を買ったのだし、乗ったり降りたり、行ったり来たりの旅がしたい。ただ列車に乗っているだけなら、それは可能だ。しかしながら、そこに犬吠や外川の行程を組込むのは難しいようだった。その行程の所要時間がはっきりしないと、他の身動きがとれない。仕方なく、次の列車で犬吠駅まで直行することにした。



第八章 オレンジ色の電車