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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十六話

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 リクエストに応じて、オレは『輪永拳の心得』についてまどかちゃんに披露する。
 
 当然と言うか、一応全てを暗記していたオレは、覚えたての九九を自慢する少年のごとく得意げだったと思う。
 一つ一つを反芻しながら、真剣に聞いていたまどかちゃんは、全てを聞き終えた感想のかわりに、ぽつりと言った。


 「いいなぁ。わたしも習ってみたいな、格闘技。そういう道場とかもね、わたし行ったことないよ」

 そう言われ、オレは思わず輪永拳を極めに極めたまどかちゃんを想像してしまう。
 うむ、間違いなく、最強だ。叶うやつはいない。
 オレは首を振って妄想を振り払うと、それに答えた。


 「道場に入ったことないんだ? 今度家の見せてあげようか? そんなに大きな道場じゃないけど」

 口に出した瞬間、また滑ってるよこの口は! と思ってしまった。
 これって、ウチくる? って言ってんのと同じじゃないかっ!

 「うんっ、絶対だよっ!」

 しかし、返ってきたのは、今まで以上に嬉しそうなまどかちゃんの声と笑顔。
 あまりに純粋なその笑顔に、やっぱり叶わないなと思いつつオレは頷いて。


 そして今度は、オレからまどかちゃんに話題を切り出す。

 「そう言えばさ、まどかちゃんここの従業員だって言ってたよね? 一般の人には公開していないみたいというか、扉閉まってたんだけど、オレたち勝手に入っちゃって良かったのかな? 今更だけど、入園料とかも払ってないしさ」
 「あ、うん。そういえば一般の人はあんまり来ないみたいだけど。でも、来ちゃいけないってわけじゃないと思います。むしろわたしとしては、来てもらって嬉しかったから」
 「そうなんだ? 扉が閉まってたから入っちゃ駄目なのかと思ったけど、違うんだな。でも、正直どうなの? 給料とかは」
 「お給料は……ううん、貰ってません」

 あっさりとそう言ってのけるまどかちゃん。オレはちょっと驚いて言葉を返した。

 「マジ? じゃあ、ボランティアってこと? そんなんじゃ、生活できなくない? あ、でもいいのか、まどかちゃんってここを作った人の関係者だもんな。手伝わされてるわけか」
 「えっと、うん」

 まどかちゃんはなんだか曖昧な返事をする。本当は嫌なのだろうか。

 「もしかして、結構大変? 労働時間が長いとか?」
 「ううん、そうでもないよ。あ、でもやっぱり長いかも」

 今度は言葉を迷わせるまどかちゃん。
 よく考えたら細かいこと訊き過ぎたか、何て反省していると。


 「もう家にはずっと帰ってないんです。だって、ここから出られないから」

 まどかちゃんは悲しそうに、そんな衝撃的な言葉をぶつけてきた。

 「出られない? ……何で?」

 いきなり言われたその言葉にオレは驚きが隠せなかった。


 「それが、良く分からないんです。雄太さん達みたいに外から入ってくる人達は見かけるんですけど」

 オレの問いに、諦めの感情を貼り付けてまどかちゃんが俯く。

 入ったら出られない遊園地、か。
 本格的に話がきな臭くなってきたな。
 さすが『立ち禁』といったところだろうか。
 
 まさにオレたちが何のサークルに所属してるんだって再確認してしまえそうな話だ。
 ある意味、望んでいたといえば望んでいた展開ではある。

 「ほら、当たりだったろう?」と心底人の悪い笑み浮かべる部長の顔が、浮かんでは消えた。
 
 それが本当ならば、立ち入り禁止になっている意味にも箔が付いてくる。
 みだりに人が寄り付かないようにするのは当然なのかもしれない。
 しかも、入っている人がいるという割には、さっきの黒服たち以外を見かけないのも気になる。

 
 そもそも、何の理由があってここは開かれているのだろう?
 それを聞いていいものかどうか、迷っていると。
 オレが黙り込んだことで深刻になりかけた場の雰囲気を、まどかちゃん自らが晴らすかのように、明るい声で言った。


 「だから、わたし雄太さんに助けてもらった時、嬉しかったんです。『助けに来た』って言ってくれて……びっくりしたけど、わたしにそう言ってくれる人がいるなんて思わなかったから、すごく嬉しかったの」

 両手を組んで、祈るようなその仕種に、オレは戸惑いを隠せない。


 「いや、あれは。そのー」

 思わず出てしまった言葉だったと言ってしまうのは簡単だったが、心底嬉しそうに微笑むまどかちゃんを見ていると、そんな言葉は出るはずもない。
 
 照れ隠しに誤魔化していると、まどかちゃんは続けてぽつりと言った。


 「それに、雄太さんはわたしがいつも夢で会う人に、そっくりだったから」
 「夢……だって?」

 予想だにしなかったまどかちゃんの言葉を受けてオレは思わず鸚鵡返しに呟いてしまう。

 
 「あぅっ、な、何でもないのっ! い、今のはわたしの勝手な思い込みでっ」

 腕を振って慌てるまどかちゃん。
 何だか、さっきのオレと同じで思わず言葉が出てしまったといった感じだった。


 夢で思い出すのは一つだ。
 雨と光が交差する装飾と幻想の世界に包まれた、白銀色の髪の少女。


 「その夢は、どんな夢だった? ひょっとしたらその夢は、オレが見た夢と同じかもしれない」
 「え、えっ?」

 初めはあたふたとしていたまどかちゃんだったけど。
 オレの発した言葉を理解するうちに再びその表情が驚きに染められていく。

 そして、思い出すようにぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


 「んと。わたしは強い雨の中にいて、何でなのか分からないんだけど、体がかなしばりになったみたいに動かなくて……あ、でも、メリーゴーランドの音楽が聞こえるんです。何となくそれを聞いてると、目の前の雨の中にすうって男の人が現れて……。その人は、その……雄太さんに似てる感じの人で、何か言ってるみたいなのに、雨のせいなのか、よく聞こえないんだ。わたしは声も出せなくて言葉を返すことも出来なくって……だんだん雨が強くなって、最後には何も見えなくなって……んと、そんな感じの夢、なの」


 まどかちゃんは、今まで誰かに話したくても話せなかった大事なことであるかのように。  想いを訴えるように、言葉を繋げる。
 
 オレはその話を聞き、すぐにピンと来た。
 思い出したといってもいい。
 
 それは、部長の真実味のあるんだかないんだか分からないホラ話だ。
 心の色や、気配の近しいものたちが共有する夢の世界。
 その夢は、普通の夢よりもより現実との接点が深く、現実にも影響を及ぼすこともあるらしい。

 部長は、その夢の世界のことを、『同調世界』と呼んでいた。
 その時は話半分に聞いていたけど、まさか自分がそれを体験できるとは、まさに夢にも思わなかった、といったところか。


 「やっぱり同じ夢を見てたんだ。ひょっとしたら、同調世界って所に迷い込んで、夢を共有していたのかもしれない」

 言ってて何だよそれはって感じだけど。
 テンパってるオレは、そんな意思とは裏腹に、勝手に言葉を紡いでいた。

 
 同調世界……同じ夢を共有するのには条件がある。