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ステファニー・キーツの死(後編)

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「そうですね。貴方がそのような方ではないことは判っていますよ。貴方は―――私とは違って、とても優しい瞳をしていますからね」
 少女の手が、カフカ神父の頬にまるで触れてでもいるかのような動作を示した。
 カフカ神父は瞼を閉じた。長い睫毛が震える。
「―――ああ、貴方には判るんですね。私の心が……」
 躊躇いながらも、少女は頷く。
「私は―――貴方のような方がいる限り、人間も捨てたものではない、と思えますよ」
「……?」
 カフカ神父は、くすり、と笑った。
「こんなことを貴方と話しても仕方がありませんね。それよりも、ステファニーさんの件が今は大事です。貴方は―――この事件の真実の犯人を知っているのですね?」
 少女は頷きはした。だが、知ってはいても、余り言いたくはないように見受けられる。それだけで、カフカ神父には彼女の言わんとする犯人の正体が判った。
「やはり、彼女ですか……」
 少女は否定しようと首を左右に振ったが、すぐにその気持も萎え、さっきと同じように頭をアスファルトの硬い道路と平行にさせた。
 カフカ神父が、そんな少女の頭を、ポンポン、と触れることなど出来ないはずなのに、叩く素振りを見せる。
 少女はゆっくりと顔を上げた。
「大丈夫ですよ。貴方の気持は私が彼女に伝えて上げますから」
 少女の美しい顔に、笑みが浮かび上がる。
「ですが、その前に……」
「?」
「確かめねばならないこともあります、ね」
 カフカ神父が遠くを見るような目つきをする。
 雨は、地面を叩きつけるほどに強くなってきている。しかし、何故か、カフカ神父の身体は、傘も差していないというのに、少しも濡れている気配がない。これも、彼の不可思議な『力』のせいであるのか。
 ふと何を思ったのか、少女の『霊体』を背にして、カフカ神父は歩き出した。彼の紅茶色した瞳にはいつにない妖しい輝きがある。
「―――悪い子には、お仕置きをして上げなければなりませんね」
 その呟きは雨の音に紛れ、誰の耳にも届かなかった。







 その夜、ボブ・サムソンは誰かに誘われるようにして、自分の住み暮らすマンションの屋上にまでやって来ていた。
 いつもは危険だからと屋上への入口は固く錠前で閉ざされているのだが、何故かその夜はすんなりと入ることが出来た。
 屋上では相変わらず強い雨が降り続いていたが、ボブは臆することなく、屋上の中心部分へと向かって歩いていく。というより、何かに引っ張られていると言った方がいいだろう。しかし、ボブはそれに抵抗することはせず、自らの意思でもって歩いているつもりだった。
「僕を、何処に連れて行こうと言うんだい?」
 ボブは誰かに向かって話しかけたかと思うと、そのハンサムな面に笑みを浮かべる。
 ボブにはそれが誰であるのか、ちゃんと判っていた。彼がこの世で一番愛した女性―――そう、ステファニーなのだ。
 ボブとステファニーが最初に知り合ったのは、アレイシアに紹介されてだったように思う。当時、ボブはそのアレイシアと恋人関係にあったのだが、ステファニーを見た瞬間、電撃を打たれたような感じを受けた。
 そう、その一瞬にして、彼はステファニーに恋してしまったのだ。
 確かに、アレイシアも美しい少女だった。が、それだけだった。ボブの心を満たすだけの魅力がアレイシアには欠けていたのだ。
 しかし、ステファニーは違う。美しいだけでなく、華やかさがあった。ボブの空虚な心を満たしてくれそうなほど。運命の人と巡り会ったのではないか、と思わせてくれたほど。
 だから、アレイシアの自殺後、付き合ってくれと言ったステファニーの言葉に、ボブはすぐに飛びついた。アレイシアのことが頭になかったわけではない。自殺してしまったことを哀しくも思った。それでも、ステファニーのあの愛らしい魅力には敵わなかった。
 それから、ボブとステファニーは深く愛し合い、抱き合った。
 あんなことがあるまで。
 ステファニーが殺されたと知った時、ボブは彼にとっては生まれて初めての号泣をした。犯人が憎いと思い、殺してやりたいとも思った。アレイシアが自殺をはかった時には、1滴の涙さえ零さなかったというのに、だ。それだけ、ボブのステファニーに対する愛情は深かったのだ。
 しかし、今は、傍らに彼女がいた。
 ボブに優しく微笑みかけてくれている。
 彼女はいつだってボブに優しく微笑みかけてくれていた。その微笑が、どれだけボブに力を与えてくれていたことか。
 ボブは彼女の肩に手を回した。恥ずかしそうに彼女が微笑む。
 ボブは彼女にキスを贈ろうと立ち止まった。が、彼女は止まらない。ボブに追いかけてこい、とでも言ってるかのように背を向け、走り出す。
 ボブは彼女の後を追った。
 何処までも。
 もう彼女を失いたくなかったから。
 彼女がボブを見て微笑んだ。
 ボブも微笑み返す。
 その瞬間、ボブは足元が何もない真暗闇であることに気づいた。
 驚いて、彼女の顔を見る。
 すると、そこにはステファニーの別人の顔があった。
 その人は、冷たい目でボブを見ている。
 ボブの目が大きく見開かれた。
「ど、どうして、君が……!」
 答を聞けるはずもなかった。ボブの意識は既に天高い所に向かっていたのだから。
 次の朝、ボブの身体は、ステファニーのものが見つかったと同じ場所で、同じ状態で見つかった。



<今朝、未明に発見されましたボブ・サムソン17歳の遺体ですが、検視解剖をしましたところ全く外傷が見られなかったところから、ロス市警では目下のところ自殺の線が濃厚であると……>
 コップにたっぷり注がれたコークを啜りながら、フォースはリモコンのボタンを押し、テレビを消す。
 隣には、先ほどから真剣な眼差しで深く考えこんでいるカフカ神父がいた。多分、今見ていたニュースのことでも考えているのだろう、フォースはそう思った。ボブという青年がステファニー・キーツという人物のボーイフレンドであるということを、フォースも知っていたからだ。邪魔をしないように音を立てずに部屋を出、母親が掃除をしているはずの―――そう言っていたからだ―――教会の方に足を向けた。
 元々、カフカ神父は教会に住んではいず、教会から少し北に行ったところにある小さな一軒家に居を構えていた、とフォースは聞いている。しかし、フォース親子が共に暮らすようになってからは、家が狭いせいもあってか、教会の内部を改築して何部屋かを造った。今は、三人共がその部屋の中で寝起きをしている。この方が便利だ、とフォースは教会に足を踏み入れる度に思ったものだ。
 教会に入ると、掃除をしているはずのセリーナの姿はなかった。代わりにと言っては変だが、1度も見たことのない17,8歳位の少女が苛立ったような様子で椅子に深く腰を下ろしていた。長い髪の毛先を指に巻きつけて強く引っ張っては離してみたり、と落ち着きもない。
 少女はフォースの姿を認めた途端、椅子から飛び上がるように立ち上がった。
「ちょっと、この教会はいくら人を待たせば気が済むのよ!」
 突然の少女の怒鳴り声に、フォースは面食らった。両目と口をあんぐりと開け放ち、少女の怒りの声に呆然としている。