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ステファニー・キーツの死(後編)

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 手を挙げ、降伏するフリをする。
「お前が変なこをと言うからだろうが」
「私は本気なんですが……」
「うるせぇ、馬鹿!気持悪いこと言うな!」
「………」
 カフカ神父はしばらく気落ちしたような表情をしていたが、
「ならば、これだけ教えて下さい。本当にあの男が犯人なのですか?ニュースでは、あの少女たちが殺害された動機については話していませんでしたから」
「………」
 クルーズ刑事は言おうか言うまいか、迷っている様子だった。いつも嫌な目に合わされている相手だ。機会さえあれば、ここぞとばかりにお返しをしてやりたいのだ。しかし、カフカ神父の必死の様相に、本来は心根の優しい彼は心を打たれたのか、溜息は吐きはしたものの、カフカの質問に答え始めた。
「お前が聞きたいのは、エル・ハードと被害者たちとの接点だろう?」
「ええ、そうです。あるんですか?」
「それがあるんだよ。家が近所だったというのが一番の理由だが、被害者たちはみんながみんな刑務所から出てきたばかりの奴をからかったり、石を投げつけたりしてたようだ」
「一体、何故?」
 カフカ神父は首を捻る。
「刑務所とは名ばかりの、精神病院でもあったしな」
 ニュースでは報道されなかった事実に、カフカ神父の紅茶色の瞳が光る。
「奴はガキの頃は、そりゃ生物を大切にする優しい子だったらしい。だけど、ある理由のせいで奴は変わっちまった」
「ある理由?」
 変わってしまった理由を尋ねるカフカ神父に、クルーズ刑事は眉を顰めた。言いたくないことらしい。それが伝わったのか、カフカ神父は、
「まあ、そのことはいいとして、変わったって、どういう風に変わったのですか?」
「血を見る事が、好きになったんだよ」
「へぇ……」
 大して驚いてもいないような相槌をカフカ神父は打つ。
「奴がその兆候を見せ始めたのは、14、5歳の頃位からだろう。家で飼っていたはずの愛犬を殺しているのを発見された。まあ、そのことは犬が奴に噛み付いたせいであろう、と家族の方でもそれほど問題にはしていなかった。それから数年間は何もなく平穏無事にいっていたんだが、奴が二十歳になったその日、奴の友人たちを招いてパーティが開かれた。そのパーティの席で、友人の一人が冗談で奴にナイフを突き付けてからかったんだ。それで、パーティが盛り上がるとでも思ったんだろうな。ところが、奴はそれを冗談とは受け取らず、本気で刺されるとでも思ったんだろう。ナイフを逆に奪ってその友人を刺しちまった。大した怪我でなくて済んだんだし、自分自身に非があったせいであると認めたのか、そいつも訴えることはせず、それで済んだ。が、それから再び事件は起こった」
「彼の奥さんの件ですね?」
 クルーズ刑事は頷く。
「すぐに出てはこれたんだが、一度あそこに入った者は、一生そのレッテルが張られちまうからな。そのせいで、奴はすさんだ生活を送ることになったし、周囲の連中からもあることないこと色々と言われたらしい。その中に殺された被害者たちもいたってわけだ。特に、最初に殺されたあの代議士の娘は酷かったらしいぞ。奴の目の前で奴が同じことをして見せていたようだからな。そのせいで、奴は狂暴化し、再び精神病院に入れられることになったようだ。これも、また、すぐに出てきたらしいけどな」
「でも、いくら何でもたったそれだけのことで彼を犯人だと?それにステファニーさんの一家が住んでいるところからは随分離れていますよ?わざわざそんな離れたところからからかいに行きますか?」
「そのことだが、ステファニー・キーツが通っていた学校が、奴の家の近所にあったことが判明している。帰宅途中にでも寄ったんじゃないのか」
 何処となく投げやりな調子で、クルーズ刑事は答え始めている。そろそろ質問に答えるのがいやになってきているのだろう。
「それより、家族は彼が人を殺しているのを知っていたのですか?もし知っていたとしたら、何故彼を止めようとしなかったのでしょう」
「話を聞いたところによると、知ってたみたいだな。でも、大方自分たちに害が及ぶんじゃないかと思って、恐ろしくて縮こまってたんだろうさ」
「………」
 カフカ神父は感慨深げに眉根を寄せる。
「で、自供はしたんですか?」
「いや、本人があの調子だからな。自供したり、覆したりの連続だ。だが、きちんとした証拠も揃ってる。奴の家の倉庫に血痕が付着した斧が置いてあったし、何より床にはおびただしい血の痕が残っていた。まだ鑑識からの報告はねぇが、被害者たちのものに間違いはねぇだろう」
「そう、ですか……」
 カフカ神父の余り納得していないような表情に、クルーズ刑事は顔をしかめる。
「何だよ、お前。俺の言ったことが信じられねぇとでも?」
「そうじゃないんですが……」
「何だよ」
「いいえ、別に……」
 カフカ神父は椅子から立ち上がる。
 下には、クルーズ刑事の苦い顔がある。カフカ神父に今現在判っている殆どのことを話してしまったことを、今になって後悔してきたようだった。
 そんなクルーズ刑事に一言礼を言うと、カフカ神父は警察署を後にした。



 カフカ神父にはどうにも信じきれなかった。
 ステファニーがエル・ハードという男に連続殺人の一環で殺された、ということが。
 あの『霊体』の少女が自分の前に姿を現したのもおかしい。第一、あの少女はエル・ハードとは何の関係もないはずだ。クルーズ刑事に聞いてみれば良かったとも思ったが、聞いてみたところで答は「NO」と出るに違いない。
「まだ、この事件は……」
 終わっていない、そう思いながらカフカ神父は空を見上げた。
 今にも雨が降り出しそうな怪しい雲いきだ。
 そう思っている間に、ポツン、と一粒頬に滴が落ちた。



 誰かに見られているような気がして、カフカ神父は振り返った。
 例の少女がそこにいた。
 カフカ神父はいつになく柔らかく微笑んだ。彼の教会に通ってくる信者たちにも見せた事がない、と思えるほどの優しい笑みだ。
「―――貴方は、あの方の……?」
 少女は頷く。会話をすることは出来なくても、人の言葉を聞き取ることは出来るようだ。
 二人の横を足早に人々が通り過ぎていく。雨が強くなる前に、家に帰り着こうとでもしているのだろう。
 その中に、不思議な表情でカフカ神父を見ている者が何人かいた。『霊体』である少女の姿を見る事が出来ない彼らは少女と話しているカフカ神父を気の違った男とでも思っているのかもしれない。中には、彼の人間離れした秀麗な顔に足を止める者もあったが。
 そんな人々の所作を一切気にすることもなく、カフカ神父は少女との対話を続ける。
「―――貴方は何を伝えようとしているのですか?ステファニーさんが殺された件についてですか?」
 少女は頷く。
「貴方とステファニーさんはとても仲が宜しかったと聞いていますが、それは事実ですか?」
 今度は少女は一瞬首を捻るような動作をしたが、すぐに頷いた。
「ならば、今度のことは貴方にとってもとても哀しいことでしょうね。それとも、自分を自殺に追いやった相手だ。殺されるのが当然のことだ、と思っていますか?」
 ギョッ、としたような目付きを少女はした。
 慌てて首を左右に振る。