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Tomorrow Never Knows

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何事もなかったように質問してくる彼女に複雑な感情を抱いたが、そんなものは振り払い、冷静に対処する。彼女は今、あのナンパ野郎のことを訊いてきている。着信履歴で通話したことはたぶんバレている。だが詳しい会話内容は、説明しないほうがいいだろう。
「あー、カレシさんですか? あの人」
「違います」
もちろん分かってはいたことだが、とりあえずホッとした。続けざまに、カレシがいるのか確認したいが、今日はやめておこう。というか、仕切り直しだ。今日はもう駄目だ。今日はもう、自分への自信が消え失せてしまった。
とりあえず、次回からはふつうに話しかけても大丈夫だろうしな。



深夜の帰り道、目の前に、見知らぬ男が現れた。
金髪でひげ面の大柄な男だった。鯉の滝登りがプリントされた開襟シャツ、太いパンツの脇にチェーンが付いている。
「誰だよ、お前」
そう言ったオレの声は、震えていたかもしれない。無意味な質問をしていた。直感で、あのナンパ野郎だと分かっていた。
「やあ、どうもどうも」
男はにやにやしながら、大股でオレに歩み寄ってくる…… 腹めがけてタックルか、掴まれた瞬間に頭突きを食らわすか、頭のなかでシミュレートする、が、徒労感が上回った。いい歳して喧嘩なんかしてられるか。

男は、オレの目の前10センチぐらいで立ち止まった。
「あいつのiPhoneさ、オレが設定してやったんだよ。あいつ、PCとか全然分からねえから。だから、GPSで居場所すぐバレることとかも知らねえの」
男は、オレから一瞬も目を反らさずに言った。オレも黙ったまま目を反らさずにいた。
「もう、あんなクソアマどうでもいいからさ。あいつに貸した金、あんたが返してよ。10万」
「ふざけんな。そんな持ってるわけねえだろ」
「じゃあ、そこのコンビニで卸せよ」
「ふざけんな」
「ふざけてんのはてめえだろ!」
男は一歩後ろに下がったかと思うと、オレの両肩を思い切り突き飛ばした。突然のことで受け身を取れなかったオレは、そのまま背中から地面に叩きつけられる。間髪入れずに男の足がオレの腹にめり込む。息が詰まるのをこらえる。続けざまに顔面めがけて飛んできた足の裏は両腕でブロックする。鼻の奥に火薬の匂いがする。そのまま身体を縮めて防戦に徹する。男は“立てよ”と思ってもいないことをがなりながら、オレの身体に蹴りを浴びせ続ける。オレはより一層身体を固め、あくまでも防戦に徹する。
そのまま五分ぐらい過ぎた。
「なめてんじゃねえぞ」
男は息を切らせながら、オレの財布から札だけ抜いて、一瞥もくれずに去って行った。



命からがら家にたどり着き、オレは半日以上眠り続けていたようだ。
目が覚めたのは、夕方だった。今日が休日でほんとうによかった。不幸中の幸い、顔には傷を負っていない。防戦に徹していたことが功を奏したようだ。土日ゆっくり休めば、この全身の痛みも消えてくれるだろう。
“防戦に徹していた”…… 言い訳がましい自分がなおさら情けなくなった。オレはあの時、すでに降伏していたのだ。ただ、男が疲れて去っていくことだけを待っていたのだ。情けない自分をごまかすように、全身の痛みに集中した。絆創膏を貼った場所に意識を集中しているときのような、そこだけが鼓動しているような感覚が全身にあった。確認してはいないが、背中と太ももには大きなアザができているんだろう。打ち身と同じぐらい全身に感じるのが筋肉痛。ふだんの運動不足を呪う。

突然、気付いた。

彼女が危ない。

あいつは当然、GPSで彼女の居場所を把握している。あいつはフタマタかけられていたと誤解したままだから、彼女に何をするか分からない。彼女に何かあれば、それはもう、完全にオレの責任だ。というか、やっと、ほんの少しだけつながった彼女との関係も完全に消え失せるだろう。
「いや、そんなことより」
思わず声に出てしまった。そんなことより“オレは彼女を守りたいんだ”が、最初に出てこなかった自分が心底イヤになる。
だが、どうすればいいか。どうやって彼女に危険を伝えればいいか。結局、彼女の連絡先はおろか名前さえ知らない状態であり、土曜の夕方ではもう、いつもの車両のいつもの席で会うこともできない。

オレは悩んだ。

本当は悩む必要はなかった。

実は、あった。

駅前の喫茶店でなにげなく眺めていたiPhoneの着信履歴に、オレがよく知っている男の名前が、実はあった。だがオレは、それを条件反射のように意識の底へ隠ぺいしていた。

その男とオレとは、ただならぬ関係だった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「もしもし。高井か。久しぶり」
電話の主は、あろうことか、岩井だった。
こんなことなら、息子と不毛な会話でも続けていたほうがましだと思ったが、平静を装って応対する。
「そういえばもう結婚して、子供も無事生まれたんだってな。息子さん、元気かな?」
足元で“もしもしー”と電話の真似ごとをしている息子を見つめながら、岩井の声に話題とは裏腹な焦りを感じとった。だが、気付かない振りをする。
「何か用か?」
「急用なんだ。といっても、大したことじゃない。ちょっと訊きたいことがあるだけなんだ」
貴様がわたしに頼みごとだと? 笑わせるな。
「高井の知り合いでiPhoneユーザーの女性がいたら、その全員の連絡先を教えてほしい。理由はあとで必ず説明するし、絶対に悪用しないことを誓う」
わたしの知り合いでiPhoneユーザーの女性は、たぶん1人しかいない。だが、あえて教えてやるつもりなどない。“誓う”だと? わたしに貴様の言葉を信じろというのか。

この岩井とは、小中高と同級生だった。成績は常にトップ争いをするライバル同士でもあり、お互い、唯一、親友と呼べる間柄でもあった。
家庭の事情もあり、わたしは高卒で派遣社員として働き始めた。岩井は有名私立大学へ進学した。その頃も我々は親友であり、しょっちゅう連絡を取り合い、お互いの悩みや将来の展望などを分かち合っていた。
岩井の大学卒業後の就職先は、わたしの派遣元である某一流企業だった。
そしてこの不況下、真っ先に首を切られたのは、わたしだった。
「分かってるだろ?わたしは来年、結婚するんだ。しかも、婚約者はもう妊娠してる。1年もしないうちに家庭を持つことになるんだよ。だから今、無職になる訳にはいかない。頼む、お前のほうから上にどうにか掛け合ってもらえないか」
岩井は、わたしが彼にするであろう最初で最後の頼みごとを、快く引き受けてくれた。

だが、結果が覆ることはなかった。この不況下、わたしは無職となり、希望の就職先を見つけられぬまま、貯金を切り崩しながら家族を養っていくこととなった。
その頃から、岩井とはまったく連絡が取れなくなっていた。しばらく経った頃、派遣社員時代の知人から、当時の人事担当は岩井本人だったと聞かされた。
そして、彼が良心の呵責から、きわめて利己的な理由からわたしとの連絡を絶ったことを悟ったのだ。

「わたしの知り合いでiPhoneユーザーの女性は、たぶん1人しかいない」
作品名:Tomorrow Never Knows 作家名:しもん