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Tomorrow Never Knows

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ばーいばーい、まったねー、おかあさんといっしょのエンディング。
息子は座ったまま、もう眠っていた。口をぽかーんと開けたまま、手だけはバイバイと振っている。
わたしは彼をそっと抱きあげて、布団へ寝かせる。テレビを消して、灯りを落とす。ほかにやることもないので、なんとなく彼の寝顔を見つめている。二歳半の彼に、妻の布団は大きすぎる。せっかくのキングサイズにも関わらず、彼は身体を小さく縮めて眠っている。掛け布団が重過ぎないだろうか。ちゃんと寝返りは打てるだろうか。

インターホンが鳴った。玄関へ出る。
「高井さん、お届けものです」
「サインでいいですか?」
妻宛ての宅急便だった。中身は矯正下着のようだ。思わず鼻で笑ってしまう。ドアを閉めたと同時に、そのまま玄関に放っておいた。

「ままは?」
息子がいつの間にか、背後に立っていた。寝ぼけた顔。大きな頭に狭い肩、細い腕に細い足、見たことはないが、宇宙人のようだ。
「ママはまだ帰ってこないよ。早く帰ってくるといいね」
わたしは“本当のことだけ”を話す。息子の前では嘘をつきたくなかった。
「ままは、どこ?」
「分からないな。すぐ帰ってくると思うけどね」
「まま、こーえんいったの?」
「公園ではないと思うよ」
「まま、けんかしたの?」
「喧嘩なんかしてないよ。パパは、ママが大好きだからね」

ひとつだけ嘘をついてしまった自分に嫌気が刺している中、空気を読んだように電話が鳴った。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


いつもの車両のいつもの座席で、彼女は今朝も、白のiPhoneをいじっている。
下り方面の地下鉄。通勤ラッシュの時間帯でもガラガラの車両。オレはいつもの席、彼女のはす向かい辺りにゆうゆうと座っていた。
歳はたぶん、オレと同じかちょっと下ぐらいだろう。20代後半ぐらいか。カタイ仕事をしてるであろうパンツスーツ姿。ヅラのようにツヤのある髪。iPhoneを持つ細い指先は花柄で飾られている。

彼女は突然、思い出したかのようにバッグからケータイを取り出した。
そうか、iPhoneと二台持ちなんだな。まぁiPhoneは電波が悪いと聞くし。
そのまま彼女は、どこかに電話をし始める。
たしかに、この車両は今、オレと彼女を含め数人しか乗っていない。ここはもちろん優先席付近でもないし、ペースメーカー使いとかもたぶんいない。しかも、オレにも聞こえないぐらいの小声で話している。迷惑行為でもなんでもない。
ケータイの通話なんかより、大声で会話してるおばちゃんやら女子高生のほうがよっぽど迷惑だ。彼女は物事の本質が分かっている。他人の五感を刺激しないものは、たいていの場合、迷惑とはいえない。

電車が停車し、ドアが開くと同時に、彼女は立ちあがった。
“まだですよ、降りるのは次の駅でしょ”、思わず声をかけそうになったが、なんとか踏みとどまる…… 危ないところだった。見知らぬ相手が突然そんなことを言い出したら、ストーカー扱いされてしまうかもしれなかったじゃないか。というか、ただのおせっかいになる可能性だってある。今日はこの駅に用事があったのかもしれないし。急に電話をかけ始めていたし、なにかトラブルでもあったのかもしれない。もしかしたら、急にトイレに行きたくなっただけかもしれない。
「それでも」
思わず声に出てしまった。それでも、声をかけたほうがよかったのかもしれない。毎朝我々が同じ席で乗り合わせていることは彼女だって憶えてるはずだし、もしただのおせっかいになったとしても、それがどうだというのだ。彼女に近づく第一歩として、いいキッカケになったはずだ。

彼女が去った席に、ぽつんと白いiPhoneが残されていた。



会社には午前休の連絡を入れ、駅前の喫茶店に来ている。
慣れないiPhoneを操作しながら、オレはわざわざ午前休をとったことを後悔していた。
彼女のiPhoneには、電話番号もメールアドレスも一切登録されていなかった。着信履歴はいくつか残っているようだが、おそらくこのiPhoneはゲームやWeb閲覧専用に使っていたのだろう。あるいは、電話番号を教えたくない相手へのダミー用という意味もあるかもしれない。彼女はiPhoneとケータイの二台持ちだった、というさっき知ったばかりの事実が頭をよぎる。せめて彼女の名前と電話番号ぐらいはチェックしておきたかったのだが。

それでもこれは、千載一遇のチャンスといっていいだろう。

落としたことに気づいた彼女はまず、必ずここに電話してくる。そしてオレは、たまたま電話を拾った人として、彼女と“出会う”…… 運命的な出会い、そんな言葉が思い浮かぶ。だが、浮かれている場合じゃない。ここが肝心だ。まずは好印象を与えるような話し方をしなければならない。そして、次につながるような会話をしなければならない。

いろいろと思いを巡らせていると、突然、iPhoneが着信音を鳴らし始めた。
画面に表示された電話番号を見つめながら、3コール待つ。そして用心深い雰囲気を醸し出しつつ、電話に出た…… そういえば、この着信のおかげで、彼女のケータイ番号も難なくゲットできたことになるな。
「…… 誰お前?」
電話の主は、男だった。
カレシからの電話か、と一瞬にして絶望に包まれる。
「誰だって訊いてんだろ? なんであいつのケータイに出てんだよ」
いや、カレシじゃない、と直感した。カレシならこっちの、iPhoneのほうへ電話なんかしてこないはずだ。オレはいちかばちか、強気で押すことにした。
「誰って、それはこっちのセリフだろ。自分のカノジョの電話に出て、何か問題あるのかよ?」
相手は黙った。どうやら直感は的中したようだ。大方、彼女に無理やり迫って牽制用のiPhoneの電話番号を訊きだしただけのナンパ野郎だろう。
「とりあえずお前、殺すから」
ナンパ野郎がそんな捨て台詞を残して、電話は切れた。



翌朝、いつもの車両のいつもの座席に、彼女はいた。
「これ、落としましたよね?」
オレは昨夜何度も練習したセリフを吐きながら、昨夜何度も練習した“誠実さと包容力を滲ませた”笑顔で、彼女にiPhoneを差し出した。
彼女は一瞬驚いた様子を見せる。だが、すぐに状況を把握し、ありがとうございます、と頭を下げた。よし、ここまで想定通りだ。
「ボブ・マーリーが好きなんですね…… ああ、ごめんなさい、待ち受け画面見てしまいまして。実は、オレもレゲエが大好きなんですよ。今度ショーン・ポールが来日するじゃないですか。で、もちろんチケットも取ったんですけど。そしたら昨日、友達が急に行けないとか言い出して。それで、あの、よかったら、いっしょに行きませんか?」
馬鹿かオレは。言い終えた瞬間、頭が真っ白になった。額から流れる汗が止まらない…… 馬鹿か、オレは。油断した。焦って、一気にまくしたてちまった。これじゃ会話の流れもあったもんじゃない。完全に、練習してきたことがバレバレだろ。

だが、彼女は手元のiPhoneを眺めながら、こちらの話は上の空のようだった。
「あの、昨日変な電話、ありませんでしたか?」
作品名:Tomorrow Never Knows 作家名:しもん