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鞠 サトコ
鞠 サトコ
novelistID. 53943
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魔女ジャーニー ~雨と出会いと失成と~

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三節 マリオット家の剣士



 地球儀の形をしたオレンジランプに照らされたダークグリーンの絨毯の上を、濃紺のスーツとクラレットカラーのドレスが移動する。
 間もなく着いたのは、タオルをよこしてきた青年の部屋。
 何の装飾もされていない、地味な扉を開けながら、彼は言う。
「ここが僕の部屋です。もし、まだお決まりでないようでしたら、」と、彼は自分の居る部屋の一つ廊下を隔てた向かいを指さして「そちらでしたらまだ誰もいらっしゃいませんので。宜しければ、どうぞ」
 そこまで言われると、ホリーは何となく、彼の言わんとしていることが理解出来なくもなかった。
「そうですわね。あまり、離れてますと、こちらとしてもお話を伺いづらいですし」
 結局、ホリーは彼の言うとおり、すぐ向かいの部屋に荷物を置いた。更に、序でのつもりで水と洗剤の入ったガラスボールを鞄の上に出現させ、その中に先刻使わせてもらったタオルを入れる。後は中で勝手に水が洗濯からすすぎ、脱水、そして乾燥までしてくれるので、ホリーとしてはそれを待つ以外は何もせずに済む。
(洗濯魔法の本には、確か二分もすれば全項目が完了するって書いてあったかしら)
 実際、それはものの三秒もかからないうちにガラスボールから出てきた。
 掌に載ったタオルは雲のようにふわっと優しい感触をくれて、ほんのりと温かい。
(あら、わたくしってば、柔軟剤まで入れていたのね。……無意識だったのかしら)
鼻先を近づければ、ラズベリーの甘い香りがした。
 早速、向かいの部屋の彼にそれを渡す。
「あの……、先ほどは、ありがとうございました」
 紅のシートに腰掛けている青年は、何だか難しそうなタイトルの本を読んでいるようであった。
 読んでいる本から視線がホリーの瞳に。そして、変わらない笑みが向けられる。
「あぁ。――いえいえ、そんな。僕は大したことしてませんから」
「そうですの? ならいいんですけれど。その……」
 ホリーは彼の手に渡ったタオルを見下ろしながら、口をもごもご言わせる。
「もしかしなくても、マリオット家のあのピエールさん、なんですの?」
 苦笑されてしまった。
「マリオット家にアレもソレもないでしょう。同じ貴族です、どうかご自分を卑下なさらないでください」
 ピエールは声明るげに言ってくるが、それでもウィンターズ家とマリオット家には雲泥程の差があった。
 何に於いての差か。それは資産である。
 ウィンターズ家は元々一般市民だったのだが、ホリーの曽祖父が若い頃にやっていた魔法屋で洗濯魔法なるものが、曽祖父の妻により編み出されて以後、大人気魔法種として売れに売れ、必然的に富と栄誉、そして高い地位を得て現在の貴族という身分をようやっとの思いで手に入れたのだ。この魔法がなければ今頃ホリーはこの列車で彼と会うこともなかったであろう。
 一方、マリオット家も元々は城下から三千キロも離れた北部に住んでおり、寺院や病院などの建設業で成功した過去はあるのだが、こちらの場合は、王家に婿入りする形で城下に移ることになったため、自動的に住む家を城下の貴族が住まうウェーレイン小道に、との命を受けた末に得た身分だった。ちなみに、最初に婿入りした者こそ、ピエールの祖父であったのだが、現在はピエールの兄が王族家で政をしているらしい。
 王族家がマリオット家を選んだ理由は何か。それは、売り上げだった。