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腐った桃は、犬も喰わない

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桃井さんとヤクザ 5




 桃井さんは落ち着いた仕草で、楓子の頭をゆっくりと撫でた。


 「だいじょーぶだよ。もう少ししたら、おうちに帰れるからさ」


 何の根拠があるのか解らない無責任な言葉だった。だけど、胸に染み込む。桃井さんはいつだって真っ直ぐ人を向き合うから。桃井さんのこういうところに人は心を開かざるを得なくなるんだと思う。だけど、それに当て嵌まらない捻くれた人間もいる。たぶん、それが僕だ。桃井さんが僕と初めて会った時に言った言葉を思い出す。


 『白川くんは人間不信っていうか、あんまり人がすきじゃないっぽいよね。俺、そういう人、いいなって思うよ。俺のことも信用しないでくれそうだし』


 桃井さんは矛盾してる。真面目くさった顔で信用してよ、と懇願することもあれば、泣き出しそうな顔で信用しないで、と哀願するときもある。まるで二面化された自我が桃井さんの中で共存しているようだ。ある一種、破滅的な人だと思う。

 楓子は暫くぐずぐずと泣いた後、机に置かれたティッシュを何枚も引き出して顔に押し当てて、思いっきり鼻を噛んだ。その遠慮のない鼻の噛み様に、僕は思わず唖然としてしまった。エレガントに鼻を噛めとは言わないが、もう少し慎ましさがあってもいいと思う。それは男女差別じゃなく、常識的に言えることだ。楓子は目尻を赤く腫らしたまま、何処かすっきりとした顔で桃井さんを見つめた。


 「あたし、おうちには帰れないの」
 「皇龍組が跡目争い中だから?」


 桃井さんの突拍子もない問い掛けに、楓子はぎょっとした。


 「何で知ってるの?」
 「だって、リョーちゃんが打ってたのってコークじゃん」
 「コーク?」


 コークという単語に、僕は思わず鸚鵡返しをした。桃井さんがロールキャベツを頬張りながら、うんと頷く。


 「コークっつーのは、コカインのこと。ここいらでコークに手出してんのは皇龍組ぐらいなもんだし、わざわざ別の鼻にも引っかからないような小売りのシャブ売りから、ヤクザもんが買うとは思えねぇしさ。だったら、自分の組から手に入れてるって考えるのが筋ってもんでしょ。そしたら、コークやってるリョーちゃんは皇龍組ってことが解る。皇龍組の組員が皇龍組の娘を監禁してる、イコール、内部抗争だろうっつーわけ。そんで、あっこは今組長が身体壊してるって噂なってんからね、そしたら跡目争いでの誘拐って想像がつくでしょ?」


 長ったらしい台詞の間に、桃井さんはロールキャベツを二つも平らげてしまった。むしろ、話と咀嚼を平行して行えることに感心してしまう。楓子はぽかんと口を開いたまま、桃井さんを凝視している。桃井さんはひょいと首を傾げた。


 「ちがってた?」
 「ううん、あってる。全然あってるから、吃驚しちゃったの」
 「全然あってる、って文法が可笑しい。日本語が狂ってる」


 思わず文法にツッコミを入れると、楓子が鋭い目付きで睨み付けて来た。肩を竦めると、苛立たしげに舌打ちをされる。


 「別に意味が通じればいいじゃない。嫌味なやつ」
 「嫌味じゃなくて真理だ」
 「そういうところが嫌味って言ってんのよモヤシ男」
 「そういえば、モヤシ炒め食べたいなー」


 今度は桃井さんが横槍を入れてきた。山盛りになっていたロールキャベツは、もう底が見え始めている。スプーンを銜えたまま、桃井さんはモヤシ炒めに思いを馳せるように遠くを見つめていた。それから、僕へと視線を向けると、甘えるように口許を緩める。


 「豚バラとモヤシを焼き肉のタレで炒めたやつって意外と食べ応えガッツリでうまいんだよね」
 「明日作ってあげますから、今日は我慢して下さい」
 「だって、足りないもん」
 「おいしいって言ったくせに」
 「うまいと満たされるは別次元の問題だよ白川くん」


 妙な言葉を並べ立てて、桃井さんは何故だか自信満々に胸を張った。鼻白んだ思いでその様子を横目で眺めながら、桃井さんの皿にロールキャベツを一個移してやる。すると、桃井さんは嬉しげに顔を崩した。のけ者にされていた楓子が不機嫌そうな声をあげる。


 「ちょっと、あたしのこと無視しないでよ」
 「無視なんかしてないよ。そんで、何処まで話したっけ?」
 「跡目争いのところまでです」


 ああ、そっか、と桃井さんは飄々とした様子で相槌を打った。


 「そんで、誰と誰が争ってるの?」
 「そんなこと聞いたってどうしようもないでしょ」
 「無視しないでってデコちゃんが言ったんじゃん」


 子供のように口を尖らせる桃井さんを見て、楓子はまるで面白がるように頬を緩めた。トランクの中で震えていた姿とは雲泥の差だ。この女、実は相当図太いんじゃないか。


 「ねぇ、言ったらあたしのこと助けてくれる?」


 あ、やっぱり図太い。その上、図々しい。男に甘えるような表情が正直苛立つ。桃井さんも甘えるけれども、それは何処か子供っぽいものだ。だけど、楓子の甘えは、女独特の媚びるような甘えだった。桃井さんは少し悩むように眉根を寄せた後、ロールキャベツの最後の一口を頬張りながら答えた。


 「何でも屋っていうのは信用商売なんだよデコちゃん。俺はね、俺なりにお客さんに信用してもらえるように今まで仕事してきたつもりだし、俺がお客さんを裏切ったら、俺に仕事を斡旋してくれた人まで裏切っちゃうことになるの。そういうのって大事な人が減るから嫌なんだよね」
 「あたし、あいつらよりお金出したっていいのよ」
 「金の問題じゃねぇよ」


 唐突に桃井さんの声が濁る。厳つい顔にそぐう、その轟くような声音に、楓子はビクリと肩を震わせた。


 「金で信用が買えるか? 友達が買えんのか? 自分の命が金で買えんのか、ア゛ぁ?」


 ヤクザよりもよっぽどヤクザらしい声と仕草だった。さっきまでにこにこ笑いながらロールキャベツを頬張っていた男とは思えない。楓子の咽喉がぎこちなく上下する。ガチガチに硬直し切った身体は、傍から見て痛々しいほどだ。数秒押し黙ったまま楓子を睨み付けていた桃井さんは、唐突に頬を緩めた。


 「金も大事だよ。だけど、金と命を天秤にかけちゃ駄目だ。話になんない」
 「…助けて、くれないの?」
 「お客さんとの契約は、デコちゃんを一週間奪われるなってこと。契約違反にならない程度なら、動くよ。でも、金を払うなんて二度と言わないで。何か悲しくなる」


 桃井さんの言葉に、楓子は容易く涙ぐんだ。恐怖半分、安心半分といったところだろうか。そういう僕も、普段らしかぬ桃井さんの様子に驚き、怯えていた。二の腕に鳥肌が立っている。これが桃井さんの本性なんだろうか。それじゃあ、普段浮かべているあの能天気な笑みは何だろう。作られた仮面だとしたら、それは随分と寂しいものだ。どういう気持ちで、桃井さんはその仮面を被っているのだろう。そんなことを考えると、不意に胸から苛立ちが込み上げて来た。嫌がらせ半分で、空っぽになった桃井さんの皿に齧りかけのロールキャベツを放り込む。桃井さんは一瞬驚いたように目を大きく開いた後、白川くんはやさしい、などと間の抜けたことを言って嬉しそうに笑った。


作品名:腐った桃は、犬も喰わない 作家名:耳子