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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上

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「日にちが過ぎるほど病も進んでいきます、もう生きる望みは御座いませんでしょう。人から惜しまれる年齢でもありません。私自身も命が惜しいとは思っていません。七十を過ぎて、なお宮中にお仕えするとは充分満足させていただきました。

 ただ心に残るのは二人の子供のことです。実頼・実正はまだ、官位が低いのですが、貴方がおいでなので、、いつの日にかと頼りにしています。

 昭陽殿については誰に頼むこともないと思います。
 
 ただ、実忠についてだけは色々と思いますと、冥土へそう易々とは旅立てそうもありません。何に付けても心配で心が詰まる思いであります。

 実忠は自分の心掛けからつまらない人間になってしまったのだから致し方ありませんが、実忠が可哀想でなりません。

 何かの機会に、実忠のことをお考えになって下さい。実忠は世捨て人になってしまっていますが、これを、実忠本心とは思わないでいただきたい」

 季明は涙を流して正頼に話した。

 正頼は、隠れている実忠を見つけて、

「これはこれは、珍しいことに此処においでになったのに、どうしてお父上の前に行きなさらない。

 前々から実忠君をなんと志の深い方だと思っておりました」

 そう言って、正頼は隠れた実忠を呼び出して、実忠と脇息にもたれた父の季明両方に、話し出した。
実忠は屏風の後ろから離れないで聞いていた。

 右大臣正頼の話は続く

「また、実忠殿が侍所に働いておられた頃から正頼は、ああ、この人実忠と親密にお付き合いをしたいと思っていましたが、不思議なことにこの数年山に籠もられたのは、世間で嫌なことでもあったのであろうか、どのようなことが有ったのだろうかと、心配をしておりました。 

 前に侍所に居られた頃からこの娘をと心で決めておりまして、雑役にでもお使い下さいと消息致しましたが、ご承知いただけないとのお返事を頂きましたので、何かお考えがあるように想像致しました。

 そのことは、現在宮殿に上がっています娘が、まだ里におりました頃のこと、消息がありましことを知りませんでした。そのうち帝の宣旨がありまして、あて宮を源中納言の婿とせよ、と仰せになられました。

 宣旨に従わないことは出来ない。その心持ちで居りましたところ、春宮より酷くお叱りを受けまして、春宮の許へ入内をさせました。

 この事が、多くの男の方から非難を受ける原因になりました。

 宰相実忠のことを、詳しく私に告げられていたならば、私は躊躇なく娘を差し上げたでしょう。

 特に季明どのの仰せが無くとも、正頼、昔のことは忘れず実忠君の行く末を承りましょう。

 まして、今回改めて季明殿からの仰せが有れば、不肖の我が子よりも大事に致します」

 と、正頼が長々と季明に語り約束する。

 太政大臣季明は有り難く聞き、涙を流して、
「実忠はやっと帰ってきたのにどうしてここに来ないのか。私に会うまいと思うのか」

 と、言われるが、顔を出さないので、正頼は季明、実忠親子を哀れだなと思う。

 そうして、季明は民部卿実正に筆と筆記用具を持ってこさせて、形見分けの文をお書きになる。

 大殿三棟の、現在自分がいる殿を昭陽殿に。

 次に大きい殿は、国々にある荘園からの品々で、中でも昔から大事な宝としている細々とした物を収納してある。そのすべてを昭陽殿に渡す。

 実忠には、もう一つの殿に女の使う道具を一式そえて渡す。そうして、

「実忠の棄てた北方に娘がいるだろう、今は大きくなったであろう、実忠が変な過失を犯して、世間の評判の良かった北方を可哀想に不幸な目に遭わせてしまった。その女に与えよう」

 と、仰って、実頼達には、持っている多くの領地荘園をすべて実頼・実正に等分に分けて与えられた。二人は納得した。

 このように筆記させて名前をお書きになり花押を押す。

 右大臣正頼にもお見せになる。そうして過ごされた年月のことを涙ながらに話される。実忠は屏風の後ろで聞いていて、大層涙を流しているが父親の前には姿を現さなかった。

 やがて、右大臣正頼は退出した。

 実忠は正頼が退出したのを見届けてから、父大臣の前に現れる。季明は色々と話をされる。

「世の中というのは何かにつけて事が複雑になるものだが、すべて関わらず知らん顔をして通ればそれで通るものである。頼みにならない女のことで身を持ち崩してしまったものだな実忠」

 実忠
「言い訳ではありませんが、母上がお亡くなりになってからは、世の中が情けなく思えて生きていてもしょうがないと思うようになりました」

季明
「北方の死は、われも、大変に悲しく感じたからこそ、次の女を求めて置くことをしないで、独り身で居たのだ。

 それにしてもあの袖君の母、お前の北方は何処へ行ったのだ。真砂君は可哀想に亡くなってしまわれ、袖君までどうしてしまったのか。この年月行者よりも身を慎んで暮らしているらしいから、不義の子はないであろう。

 その北方をどうして欲しいとお前は思うか」

 実忠
「知らないのです。かって居りましたところにも今はいません、と聞いております。私は世の中を厭う気持ちになりましたから、探しもしていません」

「それはいけないことだな。早く探し出しなさい。いずれにしても実忠お前は正気を失っている。

 親の私が死ぬ間際になって、やっとの思いでお前に対面しても、特別悲しいとは思っていないようだな。親から妻、子供まで悲しませる男だな、実忠」

 と、父親から言われて実忠は、雨のように涙を流して泣き崩れる。大臣季明の周りに侍る者全員涙を流さない者はなかった。

 民部卿実正は
「実忠の北方は、志賀の山本にここ何年か住んでいます。比叡山の麓の辻の当たりの大変に優雅な里に居られます。

 三条堀川に住んで居られたが、いろんな男達が北方に懸想する、宰相中将祐純(正頼の子供)などは、懸想文を絶えず送るので、言い寄られるのに困り果てて志賀に籠もったのだと聞いています」

 実忠
「右大将仲忠が中将であった頃に、二人でとある趣のある家を訪れたことがあったが、それが、籠もっている家だったのか。

 若い娘の声を聞いたが、あれが娘の袖君であったのだ。ひっそりと人が住んでいる様子であったから、静かな佇まいだなと思った。

 今にして思えば、自分はなんと分からず屋だったんだな」

 など、と考えてみると、実忠の心中悲しさが通り抜けていく。


 大臣季明
「早くその人の処を尋ねなさい。袖君まで悲しい目に遭わせるなよ。実忠そなたは公には不要の人だから、私の様な位は得られないだろう。袖君を私の娘として宮仕えなど、娘によいことをしてあげると良い。その様に考えて袖君に僅かであるが形見分けをするのだ」

 と、実忠と多くの話をする。


 季明は娘の昭陽殿に、
「この家の中にまだ開けていなくて、使用をしていない納屋が五棟有る。五棟の中に二棟は貴い宝物がある。残る三棟には、是非必要な物をすべて納めてある。

 荘園が幾つもあるがその中で、遠江、丹波の国、尾張、信濃、飛騨にある荘園は特に優れている。これをお前達に遺すから手放すなよ。