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裏:おいでよ西高都々逸部

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裏・おいでよ西高都々逸部


六月は倦怠感の香りがする。

そう言った同級生の顔は、覚えていない。
自分の名前が呼ばれるようになる。高校に入ってからの劇的な変化だった。
三番、ショート。明確な役割を与えられた自分の二年目に、それは起こった。

「おつかれしたー」

練習終わりにすぐ帰路に着く仲間は少ない。大抵は着替えもせずに水分補給という名目でだらだらと部室に根を張ってしまう。

「おい小西、パン買ってこいよ」

さらりと命令を下すのは三年生の大西先輩。

「嫌ですよ」

命令遂行を拒んだのは、単に購買にシュークリームが無いからだ。部活が終わってまで郊外へ行って帰ってくるほどの体力は無い。そこまでいったらもう戻らずに家のベッドまで浮気をせずに突き進みたい。

「じゃあ松崎行ってこい」
「そんなぁ・・・」
「なに、松崎買い出し行くの?じゃあシュークリームも頼むわ」

自分よりも幾分か体の小さい松崎はこうしてからかわれる役に収まっている。格好の餌食、という言葉がよく似合うな、というのは心の中にしまっておく。松崎がこちらを水の張った双眸で振り向いてきたからだ。

「小西先輩・・・」
「やめろそんな目でおれを見るな」
「ひとりじゃ嫌です!せめて先輩が一緒じゃないと!!」
「わー小西モテるなー!さすがだなー!」

野次を飛ばすのは、主将である中西先輩。聞こえないふりで首を振る。

「松崎の! ちょっといいとこ見てみたい!!」

しかしながら、三年生が揃ってのコールを始めようとしたところで見て見ぬふりもできなくなる。制止に入るまでが一連の所作であるかのように形式作られてしまっている。これが運動部所以なのか、それとも、これが自分たちの元からある性格のせいなのかは分からない。

「いいですか先輩方。何事も自分のことは自分でやってください。脱いだものは自分で持ち帰って家で洗う! 掃除もポカリも平田に頼らない! 練習後のエネルギー補給を人に頼るなんてもってのほか!! それが無理なら我慢も大事、武士は食わねど高楊枝! わかりましたか!!」

今まで静観していた平田が耐え切れずに噴き出した。それにむっとした顔を向ければ、マネージャー業務の手を止めてこちらを見る。

「武士は食わねど高楊枝?小西、理系クラスなのにそういうの好きだよね」
「いや笑ってる場合じゃないから。これ甘やかすと平田も仕事増えるじゃん、厳しくしていいから」
「私は大丈夫。だってマネージャーの仕事だもん」
「いや、そういう母ちゃんみたいなことは自分でやらせていいよ。スコアつけたり戦術考えたり、お前忙しいだろ」

うちのマネージャーは、現代の女子高生にしては少しだけずれている。元来の野球好きに培われた戦術の組み立て方や効率的な練習法を部員全体に浸透させるべく奮闘している。この野球部の監督が野球に関してほぼ素人同然だということも相まって、もはやこのチームの監督といっても過言ではない。
女のくせに、と言われたことは無い。女じゃなかったら、と残念そうな顔をされたことは多い。だから、というわけではないが、ポカリの補充が平田の仕事だとは思いたくなかったし、思わせたくもなかった。

「母ちゃんみたいなのは小西だよなー」
「なー。口うるせえったら」

大西中西デュオがまだ何か続けようとしているのを今度こそ完全に無視する。
起立して、手を叩く。つぶれたマメの目立つ、野球部特有の掌は乾いた音を、二回、立てた。

「はい、今日はここまで!」

解散!の声に合わせて一瞬だけ止まった時間が動き出す。

「おつかれっしたー!」

半ば無理矢理に終わらせてから一度だけ深呼吸をする。パシリにならずに済んだ松崎が目線だけで礼を言うと脱兎のごとく部室を後にした。

「まったくよ、お前のせいで腹減って仕方ねえよ」
「はいはい。じゃあ帰りにラーメンでいいですか? 大西先輩どうします?」
「おれいいわ、帰って家で食う」
「なんだよ、またバイクか?」
「気を付けてくださいよ。バイク通学、栗原に目をつけられてる」
「大丈夫だって。じゃあな」

大西先輩は校則違反を物ともしない。そもそも校則違反を高校生活三年間を代表するの風物詩だと思っているのかもしれなかった。生活指導の鬼の栗原と呼ばれている教師の名前にも動じることなどなく、今までの動きが嘘のようにてきぱきと着替えてさっさと部室を去っていった。この切り換えの早さを、マイペースで済ませて良いのかどうか、いつも迷ってしまう。
一応、だとか、あれでも、という前置きをつけつつも、彼はエースであった。四番の背番号を堂々と背負っている。キャッチャーである中西先輩とは中学からバッテリーを組んでいるという。

「小西、おれもラーメンいいわ。生徒会で呼ばれてるんだった」
「ああ…だからパン?」
「おー。お前のせいで食いそびれたけどな」
「わかってたなら昼にでも買っておけばいいじゃないですか」
「部活前に言われたんだよ」

それならそうと言えばいいのに、とは口にしなかった。周囲を律儀に解散させた後にこうして後出ししてくる必要などどこにもなかった筈だ。

「…すいません」
「別にいいよ、生徒会の奴に買ってこさせるから」
「それじゃパシリが変わっただけじゃないすか」
「なんだよ、じゃあお前が行ってくれんのか?」
「嫌です」
「だろ」

に、と白い歯を出して笑ったその顔はどこからどう見てもイケメンと呼べるだろう部類のものだった。生徒会選挙で圧倒的多数の票を得て会長の椅子に座る権利を勝ち取った力量を感じる。これは決して僻みではない。
背も高く、体格にも恵まれている。見目も良く、外面も良い。成績も運動神経も申し分ない。きっと神様が目を閉じて材料を放り込んだら全てが『良』で構成されてしまった。そんな理不尽さとこちらを納得させるだけのものを持つ男子高校生を、自分はこの学校でこの人しか知らない。
けれども、何故この人がこの弱小野球部に居るのか。その理由だけが分からない。野球部に大西先輩がまず最初に入って、そこに中西先輩を呼んだのか。それともたまたま都合よく互いが通える高校がここだったのか。そもそも、二人の間に何かが介在していたのか。それすら分からない。
生徒会へと旅立つ先輩の背を見送った後、いつの間にか部室から出ていた平田が戻ってきた。

「あれ、先輩たちは?ふられちゃったの?」
「なんだよそれ。先に帰っただけだろ」
「一緒に帰る前提があるからそう言えるんじゃん」

そう言われて初めてその選択肢に気付いた。

「さすが、バカ西トリオ」
「その呼び方やめろ、セットにすんな」
「えー?」

平田は屈託もなく笑った。仲いいのに、と。俺はそれに曖昧に返事をしながら最後のボタンを留める。
平田と二人で部室を閉め、最寄駅までの道を歩く。夏の大会でどこまで行けるのだろう。あの強豪が今回はシード権を持たないからこそ厄介だ。あそこに当たったらどう試合を運ぶべきか。もう少し練習時間を増やす方がいいか、どうやって練習時間を増やすか。そうした野球談議に終始してしまったが、その話題が尽きることは無かった。

「今年は三回戦以上を目指そうね」
「目標が低い」