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私の読む 「宇津保物語」  初秋ー2

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(古今集586)
 というのがある。

 貴女の琴の音が聞けないのは辛いことです」

 と言われて、

 よ所(そ)にこそ音をもなくてはさ夜更けて
       弾かぬもつらきことにもあるかな
(よそよそしく琴を弾こうともしないうちに、夜は更けてしまって、私は泣くに泣けない)

 秋の夜は人をしづめてつれづれと
       かきなす琴の音にぞ泣きぬる
              (後撰和歌集334)

 君が辛さに、とはこのことでしょう。

 思ひわび君がつらきに立ち寄らば
        雨も人目も漏らさざらなん
(後撰和歌集953)

 北方は、

 松の音は秋の調べに聞こゆなり
    高くせめ上げて風ぞ弾くらし
             (拾遺和歌集372)

 と言いますが、

 秋風のしらべて出す松の音は
      たれをたつたの山と見るらん
(秋風が調べる松の音色は竜田姫が弾くことになっていますが、今度のは誰の手でしょうか)

 松の音に風のしらべをまかせては
        龍田姫こそ秋はひくらし
         (後撰和歌集265壬生忠岑)

 私を竜田姫とお思いなのでしょうか。

 帝は
「この琴には誰も手を触れないので、すっかり塵が積もって仕舞いましたよ

 水を浅みひく人もなきあし曳の
山の小川は塵ぞしらぶる
(水が浅いので、弾く人もない山の小川は塵が調べている)

 その誰も弾かない琴を、そなたが弾くというのも、深い因縁があるのだと思う」

 北方は
「もし眼で見なかったら如何致しましょう。で、

 水をあさみまさごもみゆる山川は
       秋の調べもひかずやあるらん
(水が浅いために細かい砂まで見える山川が音を立てないように、経験の浅い私は秋の調べなどはとても弾けないでしょう)」

 帝
「さあ。試しに弾いてみなさい

 水守だにひきはじめてはやまがはの
       底より水は絶えずいでなん
(田の水の番をする水守さえひき始めれば、山川の底から水は絶えず出るでしょう)

 私の愛情はその泉にも増して限りなく深いだろう。良いから見ていなさい。一心に辞退ばかりしようとなさる。それでは退出することも出来ないでしょう。早く琴を」

 と、帝はしきりに言われる。

 北方は、帝が並々成らずお勧めになるので、やっと琴を引き寄せて、短い曲を爪弾き程度に軽く鳴らす。

 その様子を見て帝は、
「もっともっと弾いてください。その様に心許ない弾き方では、却って心が滅入ります。これはっと耳に残る曲を一つ二つ弾いてください」

 言われて北方は、少し世に知れた曲を弾きなさると、北方の弾かれる「せいひん」という帝が与えられた琴が、昔、父から受け継いだ「南風」のような逸物の琴と同じような音を出すから、見事な音を四方に放つ。北方は普通に弾いているのであるが、この道の上手であり、時も、更けゆく秋の夜の宴の松原の風に調子を合わせて演奏されるので、感動と味わいのある楽の音が、譬えようもない。

 北方が琴を弾くのは、夫の大将兼雅に山の空洞(うつぼ)で再会したときに弾いただけで、その後は、新たに住んだ都でも琴を弾くようなことはなかった。夫の兼雅にも弾いて見せたことはなかった。

 子供の仲忠は時々紀伊の国でも琴を弾いたけれども、北方は里に住むようになってからは琴に手を触れたこともないのに、帝から散々責められて、仕方なく琴に向かった。

 北方は、何かと忙しくて、稀に琴を思い出すぐらいで、久しい間忘れてしまっていたのに、今このように琴に触れて色々と昔のことを思い出されて、悲しみが溢れてきた。

 父君俊蔭から伝授された秘曲を、あの山の中で仲忠に教えたことや、また、山を去り里に出ようとして弾いた「南風」の音色、数々の古い思い出が思い出されてきて、過ぎたときが憐れで悲しく感じて、次第に俊蔭の娘らしさが戻ってきて、自分の憐れな感情が曲に乗り移り無我に演奏をし始めたので、宴会に集まった全員、位の上下関係なく、楽人達も、楽屋に出番を待つ舞の者達も踊りの練習を止めて、ただ北方の演奏を聴いていた。聴衆は、

「誰であろうこの演奏をしている人は。現在最高の琴の演奏者と言われる人の中に、これだけの上手な人は聞いたことがない。誰なんだろう」

 みんなが驚き、
「仲忠中将ならば、これだけの音を出して演奏されるだろう、だがご当人は此処にいらっしゃる。おかしなこともあるものだ」

 藤壷も琴は有名だが、昇殿されていない。全員が不思議に思っている。

「それなら、この兼雅大将の北の方では」

 という周囲の人々の気配に兼雅は驚いて「もしや」と仲忠を見るが、仲忠はわざと知らない顔をして

「本当にお見事な琴の演奏ですな、何方が弾いておられるのでしょう」

 と、仲忠は周囲の人達と同じように分からない風をして、気になってたまらないという様子をしていた。

 人々は
「右大将殿の北方が参内なさったのを、仲忠が知らないはずはない」

 と、人々も兼雅も思い、そうして夜はさらに更けていく。

 夜が深まるにつれて琴の音が映えて来るままに、北方は胡笳の手の中でもみんなが知っていて興味の有る曲を演奏するので、場内がますます興味が尽きなくなっていく。帝の心は北方に移って、苦しくなってきた。

 昔から帝は北方の噂を聞いておられて、思いをお掛けになっておられたが、今はその気持ちが深まるばかりである。帝は、

「曲譜のなかでここぞという音が聞こえたときは、涼に仲忠拍手をしなさい、仲頼、行正声を出して合唱しなさい」

 と、こうしている内に演奏は佳境に入り、北方は落ちついた、ゆっくり静か曲の演奏に進む。帝は譜面を取り出して、北方の弾く曲を探しては譜面を御覧になり、

「此処はこういう弾き方がある、此処はこのように弾く手だ」
 と、仰る。

 北方は、譜面の曲を全部演奏してしまい、聞いたこともない珍しい手まで心を尽くして弾かれる。

「ひとなみ」は胡笳の譜の通りに演奏されて、「しをすさ」の調べに編曲されて弾く、色々と曲を編曲されて演奏する琴の音が、聞いている者に面白く聞こえるのは当然のことである。

 同じように弾いておられる、めくたち、は悲しい珍しい曲であるので帝は、

「この、めく立ち、と言う曲は、漢の元帝が戦いに負けそうになったときに、胡の國の人が応援に駆けつけてくれて敵を追い払ってくれたので、帝は喜んで、七人の妃の中から一人お望みの女を差し上げようと仰せられて、七人の妃を画に描かせて胡の人に選んで貰った。その中に優れた美人の妃が居た

 その妃は帝が一番寵愛する妃であった。その妃は帝の寵愛を頼みにして、

『大勢の國母や妃の中で、私だけが優れて徳があるから、この私を帝があのような武士に渡すことはない』

 と、帝を信頼して、七人の妃を描く絵師に、この妃を除いた六人の妃は、綺麗に描いて貰おうと千両の賄賂を贈った。七人目の妃は、あの王昭君である。帝の寵愛を信じて賄賂を絵師に送らなかった。