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私の読む 「宇津保物語」  初秋ー2

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連れてきた童四人が几帳を持って北方を囲む。女房が後ろに従って、仲忠が沓を履かせる。仲忠は母の裳を手にし、乱れた髪を綺麗に整える、何かと世話をする母と子の姿は実に見飽きがしない美しい光景である。

 態勢が整うと、仲忠は他の君達と供に几帳を捧げて母を囲って仁寿殿に向かう。

 帝は南廂の御座所から出迎えに出て、供もその後に従う。殿中の灯火は消され、庭の松明も消して、暗い中を北方を御座所に通された。帝は、

「ごあんないしましょう、この方へ」

 と、帝は北方を局に入らせた。

 仲忠は知らない風をしていたので、父の兼雅も、自分の妻が中に入ったとは全然分からなかった。北方だろうなんて夢にも想像はしなかった。

 帝は几帳の側に敷いた茵に座られて、北方と話をされる。帝は、

「実は今夜の賭けに仲忠が負けて、私が琴を所望したが、『自分は出来ませんが、代わりの者を』と、言ったので、どんな代わりの人かと思っていましたが、かねがね私が望んでいたことが叶いました」

 北方は
「どうも何時もと違って変だと思っていましたが、急に仲忠が参りまして、座っても居られないように急がされましたので、何のことかも分からないまま参内いたしましたが、誠に変な気持ちで御座います」

 帝
「変なことではありません。何時もこうありたいものです。趣のある夕暮れなど特にそなたが参内して色々話をして欲しいが、流石に遠慮で、どうしたものかと落ちつかずに過ごしていましたが、こんなに嬉しいことはない」

 と、昔からの思いを述べられる、そうして

「昔治部卿朝臣がご健在の時より、琴を弾いて聞かせて貰いたいと思い、お迎えしたいと常々考えていましたが、父上の治部卿(俊蔭)がご存命中は、とても古風な家風の一族の方で、入内させることを快く思われない方だったのでしょう。

 ある時、入内をお薦め致しましたが、承知なさらず、そのままになってしまいました。その後あなた方の消息が分からなくなってしまいましたので、私は思うばかりで気持ちをお伝えすることが出来なくなったのです。それがこう、ご無事で」

 北方
「この十数年は、世の中らしい世の中には住んでいませんでした。それ以前と今日とが、私にとって世の中で御座います」

「その間は、どう言うところにお出でだったのでしょうね。昔からずっとそのままお会いできたよりも、こうして苦労の末にお会いできた方が、一層貴方への志が深まります。

 そう思ってみると、昔からお会いしていたならば、目慣れてしまい、ないがしろにするときも有ろうではありませんか。貴女は大変に貴重なことをなさるそうですね」

「どういうことで御座いましょう。心の整理が付かないようです」

「覚えていらっしゃいませんか、言わなくても自然にお分かりのことと思います。私の思いを申しあげましたら、私も貴女もきりがないと思います。

 それはそれで置いておいて、今夜は仲忠の代理でお出で下さったのだから、お父上から伝授された琴を早くお聴かせ下さい」

 仲忠母の北方は
「父には伝授する人はいませんでした」

 帝、
「意地の悪いことを仰って。貴女までそんなことを仰ってはいけません。さあ、早くお弾きなさい」

「何のことで御座いましょう。一向そうと知らせてくれた人は御座いません」

「仲忠がお話ししませんでしたか」

「何も、一言も申しません。ただ、『近衛の陣で見物なさいませ』と言われただけです。このように私を帝の御前に伺わせようなことを気振にも見せませんでしたので、里の姿のままで、急いで参上しましたところ、御門の所で、

『御垣のそばに隠れて見物するのにいい葎の蔭がありますから、車を降りるように』

 と、ましたので、嘘を言う子供でないと信じていますから、言う通りにして、騙されて御座の前に案内されました」

 帝はお笑いになって、
「此処も他所だから折角来ても甲斐がないでしょう。目的の葎の蔭でないから」

「今はその葎の宿も門を閉めきっておりましょう。

今さらに訪ふべき人も思ほえず
八重葎して門させりてへ
(今さら私を訪ねて来そうな人も思い浮かばない。生い茂った葎で門が閉ざされていて入れない、と言っておくれ)(古今集975)」

「心変わりをする人もありますね」
 と、帝は仰って、
「本当ですか、仲忠が何も貴女に話さなかったとは、では申しあげましょう。 
 俊蔭朝臣に話すような気持ちが致します。

 今宵仲忠は賭けで私に負けたので、賭物のことで幾つも物を申したが、私が琴を弾くように所望すると、

『私は忘れてしまいました、物忘れしない人を連れて参りましょう』

 と、言ったのだが、本当に一族の中に居られたのですね。琴を弾いていただきたいと思うのです」

 と帝は北方に言って、仲忠に与えた琴、せいひん、を胡笳の調子に合わせて、

「これをだね、仲忠朝臣に、『今夜の賭け物として弾きなさい』と言ったのだが、『貴女に頼みなさい』
と、申した。

 この琴を調子を変えない、ただそのままの調子で、この曲の手を残すことなく弾きなさい。

 琴の調子は色々と有るが、胡笳だけはしみじみと心が惹かれる」

「全く人違いで御座いましょう。琴という名前さえ知りませんのに、どのように申しあげたのでしょう」

「この私の嫌な気持ちを更に長びかせようとなさることこそ辛いことです。このままにはして置けないではありませんか。貴女から気持ちを入れ替えてくださいませんか、貴女の家が有名なことは昔から誰でも知っていることであるから」

「私が存じておりましたなら、どうして申しあげないで置けましょうか。そして、琴という物は、手に触れるどころか他所ながらでも見たことがありません。

 昔の代は知りませんが、私の代になりましてからは、間近では見ないからでしょう、本当に琴と言う物は考えつかないことです。その中でも胡笳なるものは一向に存じません。誠におこがましいことで御座いますが、仲忠は昔の名高い弾き手よりも上回った演奏をすると思っています」

 と、北方は琴に手も触れない。帝は、

「これは参りましたね。若いときから弾きこなした手を、本当にそんなに忘れると言うことがあるのでしょうか。

 琴の才という物は、若いときから身に付いた物だから、歳を取ったからと言って忘れる物ではない。

 中将朝臣は自分より良く知っている母を私の前で演奏させようと、申したのであろう。

 
 実際に忘れたというのであれば、本当に残念なことである。しかし、天下に知れても、ひどく懸け離れていないようなこと、知らないと言っても実は知っていた、琴については、強情に言い張らない方が良い。

 昔の俊蔭朝臣は天下一と言われたが、後に北方だけが伝授したのだ。そういう稀な手を伝え受けた以上は、誰にでも少しずつでもお聴かせにならなければいけませんね。

 真顔で知らない知らないと言い張るのはお辛いことです」

 と、本当に許せないと仰る。

 帝と北方は互いにお話になって、帝は、壬生忠岑の歌に

 秋風にかきなす琴の声にさへ
   はかなく人の恋しかるらむ