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私の読む 「宇津保物語」  梅の花笠

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梅の花笠 一名「春日詣」


 これまでの三巻のように年月が過ぎて、当時の嵯峨帝も譲位をされて、東宮が帝の位にお就きになり國の政を御覧になって、世の中は平和で國は栄えていった。

 このような中で、左大臣正頼は、源氏を名乗っておられるが、母方は藤原氏である。内々の願い事があって、春日社に神楽を奉納しようと準備を急がせる。お供に従う髫髪(うない)、下仕えの装束を調えさせて、騎尻(のりじり)という乗馬の家来達、管弦を奏する身分の低い楽人を揃えて、まるで賀茂の臨時の祭りのようである。

 総て事を調えて行列の男などは容貌の良い者を選ぶ。童陪従四十人、装束をきっちりとして、陪従四十人、舞人八十人、走馬(社祭りの時の競馬に使う馬)十疋、舞人は男の娘たち、殿上人、若いお子達を始め世の中の一流の舞人達である。殿上童も陪従にした。

 こうして、女は大人四十人、髫髪(うない)廿人、下仕(しもつかえ)廿人。
 装束は大人は青色の唐衣、童は赤色表着に綾の上袴、下仕は濃青に黄色を混ぜた色の柳襲の表着を着せた。
 大人下仕は二十歳以下でみんな背丈が揃って姿も似たものを選んだ。

 こうして、二月二十日に正頼一家は春日社に参詣した。車は糸毛車十、檳椰毛(びろうげ)車十である。 
 糸毛の十には、大宮を始め女の御子達、北方の多くの娘、なかには婿を取って北方に成られた娘もいる、北方、大宮の娘達九人、一姫の女御は妊娠のためにとどまった。装束は赤色の唐衣に羅の摺り裳、萌黄色織物の小袿を着た。檳椰毛の十は、一台に四人乗車して、髫髪は.鬢頬(びんづら)を結って、馬に乗る。

 下仕は、徒歩で樋洗(ひすまし)六人、青丹の表着を来て歩く。御車の前は四位十八人、五位三十人、六位五十人、馬の毛色、着用の下襲の色を同じにした。

 世の中の上達部や御子を初めとして、身分の低い者までが殆ど供となって従った。大宮大路より奈良に向かった。

 春日社に到着して、幔幕を張り巡らし、車から降りた。男君達は到着して並ぶ。
 午前八時(辰の時)より音楽が始まる午後の四時(申の時)に終わる。舞人に女の装束一揃いをあげる。陪従には桜色の綾の細長一襲、袷の袴一具あげる。垣下(ゑが)の人たちには綾襲の女の装束一具づつ、五位より下には白の内袴を渡した。全員に褒美を渡ったところ花が咲いたように褒美の衣装の色が映えて見えた。

大臣正頼は、全員に

「面白いものを各地で見るが、不思議に見る甲斐のあるのはこのお社である。何処でも見られる草や木にしても、この社のは情けがあって、気持ちよく感じて見える」

 兵部卿の宮は

「本当にそうです、そう思われるのが当然のお社です。私は十度お詣りしています。それでも、今年は何となく早く春が来て、遅く咲く花早く咲く花同じように咲いて、緑の木の芽も、何となく違った感じの年のようです」

 正頼は笑って、

「正頼がこの宮に詣でる年であるから、木や草も驚いて狂ったのであろう」

 そうして、兵部卿の親王、面白い梅の花を折り、沈の香木で造った男の人形を花の下に置いて、花の雫に濡れたようにして、和歌を付けてあて宮に送った。

 立ち寄れば梅の花がき匂ふにも
猶侘人はここら濡れけり
(梅の木の下に行って立つと、花の香りが匂うにつけても、私は雫でしっかり濡れてしまいました)

 こんなに苦しむくらいなら、貴女の幼い頃に妻となって頂いたらよかったと思いますよ。

 読んだあて宮は簑虫の付いた花を折らせて、その下に笠を被った男を立たせて、

 かくれたる三笠の山のみのむしは
花のふるをや濡るといふらん
(三笠の山の簑虫は花が降りかかるのを、濡れるなどとしゃれるのでしょう)

 こうして、あて宮は仲頼に、

「色々のことが望んでいた事とぴったり合う日でした。このまま終わるのは惜しいとおもう。和歌の題に出来るような題を少し選び出してください」
 と、告げる。

 仲頼は、

「難しい仰せでございます」

 と言いながらも、題を書いて出す。

 嗚呼、今日は春の半ば、二月二十日昨夜は「寝待 の月」であり、「花の香りの誘う」「鶯の声」  を迎えて、春の旅する空に「雁の列」、同じよう に川辺では「鴨が列」をなして、「木の芽の春」 「春日の宮」にお渡りなされた。

 そうなれば、「花の鶯」枝にとまって、「松の蝉」 庵に入り込んで「春を悟る草」は人に驚き、「山 桜時にのぞめり」。春の藤は色は「はつかなる藤」
 で、「柳の糸を結べり」。

 「春の雨いろにいでて」見え、花の枝風に失う。 垣根の梅が枯れてゆく。

 「朝の霞」緑の衣をまとう。夕べの雲は黄色の「雲 の錦」である。山辺は「冬若く春老ゆ」野邊は冬 支度である。舞い上がる近くの野邊は花を羨み、 曲を聴く遠くの山は、「雪の峯」を見せる、「雪 の下草」が生えて、「霜の上」の菜は盛りである。

 木の芽の緑は、はつかに「はつかなる木の芽」、 「紅の梅」が咲くであろう。春の蕨は雪に消えて しまい「わらび消ゆる雪」、「石の火にとくる雪」 氷が融けてしまう。

 「時をさとらぬ松」。「春をかさぬる花」、「野邊 にに静かなる人」、「山にさわぐ鹿」、「風に靡け る枝」、「雨にしだがふ草」、「春を惜しむ花」、「夏 を催す虫は」、「秋をまつ木の葉」、「冬をいなぶ る鳥」、「まとゐにたらぬ月」丸くない月を思い、 「おくれたる月」をいとおしむ。  

 と書き連ねて、仲頼は書き出した歌の題を兵部卿の宮にお渡しした。兵部卿の宮は内容を見て、「寝待の月」を、

 昨日こそねまちもせしが春の夜の
今宵の月をいかゞ見るらん

 と書いて中務の親王にお渡しした。
 中務親王は「花を誘ふ」

 わが宿にうつしてしがな野邊に出でて
       見れどもあかぬ花のにほひを 
(野邊に出てみても飽くことのない梅の花と匂いを我が宿に移して始終賞翫したいものだ)

 正頼五の姫の夫民部卿の親王は「鶯を迎ふ」

 里に咲く花にうつらで奥山の
松におくるな鶯の声
(花の咲く里には来ないで、奥山の松にお前の声を送るな、鴬よ、早く里に来てくれ)

 左大臣「雁の列」

 ふる里に友も残さず来し雁は
こゝにて春をすぐさざらめや
(故郷には友さえ残さず、こうして全部揃って折角ここへ来たのだから、雁よ、春をここで過ごさないということはないだろう)

 左大将「河邊の鴨」

 水鳥のつらねてうつる春日河
       おるなる綾は今日やきるらん
(水鳥が列を作って春日河を渡ると、それが縦糸となって織る綾は誰も今日の晴れ着にすることでしょう)

 右大将「木の芽の春」

 松の根にふす山人は野邊を見る
       今日ぞ柳の葉にも知るらん
(松の根に臥す山人は、野邊で柳の芽が葉になったのを見て春が来たなと思うだろう)

 民部卿源実正「春日の宮」

 氏人のまとゐる今日は春日野の
松にも藤の花ぞ咲くらし